ケネディの恩返し

鳥取の人

ケネディの恩返し

 新茶の香りが部屋を満たしている。有名になりたい。そんなことしか頭になかった。

 バイト先でもらった新茶。3杯目を飲み干す。俺はこんなところで燻ってるような人間じゃないはずなんだ。きっと何か才能がある。

 4杯目を淹れたところでチャイムが鳴った。

 玄関に行ってドアを開けると、ケネディがいる。

「先日助けて頂いたケネディです」

「まぁ、わざわざ……」

 2、3日前、近所の川で溺れかけていたジョン・F・ケネディを助けたんだった。乗っていた魚雷艇が日本の軍艦と衝突して川に投げ出されたらしい。恩返しに来たんだろう。

「別に恩返しなんていいんだけど……」

「私が恩返し?まさか。私が君の為に何ができるかを問うのではなく、君が私の為に何ができるかを問うてほしい」

「えぇぇ…………」

 ケネディはずかずかと部屋に上がってきた。「いい匂いだなあ。新茶かい?一杯欲しいな」

「あのねぇ君、普通は助けられた方が恩返しをするもんだよ。あと勝手に飲まないでくれ」

 テーブルを挟んで座り、湯呑みを取り返す。

 「う〜ん、恩返しか……。そうだな、何か困ってることでもあるかい?」

 しばし考え、ケネディならなんとかしてくれるかもしれないと思って言った。「バイト先でサービス残業させられるんだよ。どうにかしてくれないか?」

「なんだそんなことか!簡単だよ。友人のジアンカーナに頼んであげよう」

「マフィアに頼らないでほしいな……」


 次の日。

 俺がバイトを終えて帰宅すると、ケネディが映画を観ていた。オリバー・ストーン監督の『JFK』だ。

 ケネディは俺の家に居候することになったのだった。できれば追い出したかったが、他に行くところがないと言うので、安物のマットレスを敷いて寝床を作ってあげた。1DKの部屋が急に狭くなってしまった。

 ケネディが振り向いて言った。「ツタヤで借りたんだ。面白いよ。今観始めたところだけど」

「君は良いね。世界中で有名で」

「有名なのも大変だけどね。私なんて暗殺されたし」

「俺は何でもいいから有名になりたいよ。ユーチューバー目指したこともあったし、インスタとかもやったんだけど全然上手く行かなくて」

「有名にね……。月にでも行ったら?」

「そんなテキトーな……」

 突然、隣の部屋からガンガン聞こえ始めた。

「なんだいこれ?」

「ああ、隣の奴がゲームかなんか爆音でやるんだ。なんとかできない?」

「そんなことなら簡単だ。私が交渉してこよう。キューバから核ミサイルを撤去させたことだってあるんだから」そう言って意気揚々と出ていった。

 しばらく後、ドアが開く音がしたので玄関に行ってみると、ケネディが3人のコワモテの男を従えて立っていた。

「交渉は首尾よくいったよ。今後は静かにするって」

「結局マフィアに頼ってんじゃん」


 さらに次の日。

 朝、起きてダイニングに行くとケネディが見当たらない。代わりにココナッツの実がテーブルに載っている。字が刻まれていた。「市民会館に行ってくる。お笑いフェスにオズワルドが出演するらしい。事件の真相を聞き出せるかもしれない」

 どうやら何か誤解してるようだ。

 今日はバイトも休みで特にすることも無いので、ココナッツを割ってみた。なかなか力のいる作業だった。中の液体を啜るが、あまり味はしない。ポカリを薄めた感じだ。

 果肉を食しながら、昨日中断した『JFK』の続きを観る。俺だってケビン・コスナーみたいな顔だったら有名になれたに違いないのだ。

 西日が差し始めた頃、ケネディが帰ってきた。

「漫才コンビを結成しよう!」

「また唐突だな。オズワルドの件はどうなったの?」

「そんなことはいいんだ。私は感動したんだよ。コンビを組んでM-1王者を目指そう!」

 メチャクチャ影響されたみたいだ。

「ジョンとロバートの『ケネディ兄弟』ってのはどうだい?『KK兄弟』の方が良いかな。エドワードも入れて『1960頭身』ってのも考えたんだが……」

「ちょっと待って。俺はロバートじゃないし、漫才もしないよ」

「ロバートは芸名さ。私の弟のロバートから取ってね。『第8世代芸人』として売り出してもらおう。それによく考えてみてくれ。お笑い芸人といえば有名人の中の有名人じゃないか。君も人気者になれるし、マリリン・モンロー似の彼女だってできるぞ」

「モンローはともかく、どんな漫才やるのさ」

「そうだな…………君が梅宮辰夫のモノマネするっていうのは?」

「ロバート秋山のロバートじゃないだろ」


 半年後。

 今日は2回目のライブ公演だ。俺とケネディは舞台袖で出番を待っている。

 ケネディに押し切られて漫才コンビを組むことになり、ジアンカーナの紹介で芸能プロダクションに入れてもらった。コンビ名は「ボストンのダウンタウン」。名前負けが過ぎる。

「緊張することはない。今やってる『じぇねらるアイク』の次が私たちの番だ」

「特に緊張とかはしてないけど……。『アイクぬわら』みたいな名前だな」

「誰それ。にしても君、顔色悪いぞ。テレビ討論のときのニクソンみたいだ。テレビカメラも来てるし、メイクアップしてきた方が良かったんじゃないか」

「もうちょっと早く言ってほしかった。そろそろ出番だ」

 「じぇねらるアイク」のピン芸が終わり、袖に下がる。入れ代わりに俺たちがステージに上がる。第一声はケネディだ。

「どうも、どうもー。ボストンのダウンタウンですー」

「お願いしますー」

「ありがとうございますー。今ピューリッツァー賞をいただきましたけどもね」

「ありがとうございますー」

「こんなん、なんぼあっても良いですからね」

「一番良いですからね」

「有り難いですよ。ほんとにね」

「いきなりですけどね。うちのオカンがね。好きな政治家がおるらしいんやけど」

「そーなんや」

「その人の名前をちょっと忘れたらしくてね」

「好きな政治家の名前忘れてもうて。どうなってんねんそれ」

「で、まあ色々聞くんやけどな。全然分からへんねん」

「分からへんの?ほな俺がね、オカンの好きな政治家、一緒に考えてあげるから、どんな特徴言うてたかってのを教えてみてよ」

「テキサス出身で、大統領が暗殺されて副大統領から大統領になったらしいんやけど」

「おー。リンドン・ジョンソンやないかい。その特徴はもう完全にリンドン・ジョンソンやがな」

「リンドン・ジョンソンなぁ」

「すぐ分かったやん。こんなん」

「でもこれちょっと分からへんのよな」

「何が分からへんのよー」

「いや俺もリンドン・ジョンソンやと思うてんけどな」

「そうやろ?」

「オカンが言うには、外国の晩餐会で吐いたことあるっていうのよ」

「あー、ほなリンドン・ジョンソンと違うかぁ。あの男、嘔吐するほど繊細な訳ないもんね」

「そやねん」

「リンドン・ジョンソンはね、腐ったもん食べても気づかないような人やからね」

「そやねんな」

「むしろ周りの人間がストレスで吐かされるよあれ」

「そやねんそやねん」

「ほなリンドン・ジョンソンちゃうがなこれ」

「そやねん」

 そのとき一瞬、観客席を横目で見ると、奥の方にライフルを構えた人物がいるのが目に留まった。銃口はこちらを向いている。

「ケネディ!危ない!」

 銃声が響く。

 ケネディを押し飛ばし、俺もステージに倒れ込んだ。胸の辺りに熱いものを感じた次の瞬間、激痛が走る。床に血が流れ出す。

 観客たちが「救急車を」と叫ぶ中、ケネディの声が聞こえる。「あぁ、君に2度も助けられるなんて……」

 俺はなんとか声を絞り出した。 

「大統領を庇って死ぬんだからな……。これでやっと有名になれる……」

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