第ゼロ話

 二十数名の闘士たちの死体が転がる中で、ひとりの青年が血まみれになって生き残っていた。口の中は血と泥にまみれており、全身の傷は致命傷の一歩手前といった状態だ。


 焼かれた死体の焦げた臭いが絶望という状況を明確にし、多量の出血と合わせて感覚的な寒気と実質的な寒気を誘発させる。


 彼は残る力で仰向けに寝返り、現状に似つかわしくない晴れやかな空を見て思う。今が世界の運命を賭けた戦いだったら立ち上がれるのだろうかと。


 これは、彼が目指す英雄的願望とかそういったモノではない。彼が苦難におちいったときにいつも考えること。つまりルーティーンに過ぎない。命の危機に際しても彼はいつも通りだった。ただこれまでと違うのは、立ち上がることができないということだ。


 ここは現代に比べて水準の低い文明の世界だ。ただし、魔法や法具といった未知の力があり、魔獣と呼ばれる野生動物とは違う強大で狂暴な獣が住んでいる。


 ズン、ズンと巨大な何かが歩いている。それは、彼を含めた多くの者たちをこの現状に追い込んだ者。


 人族の三倍はあろうかという身長と、それに見合った頑強な巨体。全身体毛に覆われたそれは獣魔人に分類されるのであろうが、彼の知識にはない者だった。


 その獣魔人が散らばる死体をむさぼり食べている。このままでは自分は生きたまま食べられてしまうであろうと彼は確信するのだが、その恐怖はあっても諦めはなく、ひたすら立ち上がることだけを考えていた。


 かすむ目に獣魔人の顔が写り、仲間たちの血にまみれた巨大な手が彼に向かって伸びてくる。その手が地面ごと彼を掴んだとき、獣魔人を伝って衝撃が体を揺らし、地面へと落とされた。


 獣魔人に握られていた土砂を被ったことで悪化した彼の視界には、飛び回る何かが見えた。


 地面から伝わる振動は巨体が激しく動いているからであり、空気を振わせて伝わる衝撃は、何者かの攻撃によるモノだと察せられるが、詳しい状況はわからない。


 ときおり聞こえる獣魔人の声は威嚇の咆哮から鳴き声に変わる。その声が悲鳴なのではないかと彼が疑いをもったとき、これまでよりも大きな地面の振動が横たわる体に伝わった。


「大丈夫ですか?」


 多量の出血により薄れゆく意識の中で彼にかけられた声は、なぜか鮮明に脳に響いた。


 それは女性の声。その声の主に抱えられたであろうと感じた彼のかすんだ目には、赤みを帯びた長い髪だけが認識できた。


「この世界に病院なんてあるのかしら?」


 この言葉と浮遊感を最後に彼は意識を失ってしまう。


 それから二日後。彼は小さな村の診療所で目覚めた。


 あのときの記憶はさらにぼんやりとしたモノとなっており、覚えているのは国の大臣から受けた討伐依頼に失敗し、多くの者たちが虐殺されたこと。そして、自分が何者かによって助けられ生き残ったという事実だ。


 九死に一生を得たのはエリオ=ゼル=ヴェルガンという名の青年。その命の救った恩人は、異世界のスーパーヒーローのアルティメットガール。


 この出来事からしばらくして、エリオはアルティメットガールの宿命に深くかかわっていくことになる。

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爆力! アルティメットガール ~非日常の異世界で新たな人生を歩みだした少女は、これまで得られなかった幸せを掴むために生きていく~ ながよ ぷおん @PUON

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