<前々日譚>宿命

 大空を翔けめぐりぶつかるふたつの影。あるときは眩い光、あるときは漆黒の暗闇をまき散らしながら、その衝撃が地上を揺るがす。


 黒い闇のような霧を殴り飛ばすのは、トリコロール系の衣装を身にまとい、赤みの強いブロンドヘアーとそれより遥かに赤い深紅のケープが印象的な女性。その名をアルティメットガールという。


 精悍さの中に幼さも感じさせるのは、彼女が煌輝春歌きらめきはるかというまだ十七歳の女の子だからだ。


 この世に生を受けたときから戦う宿命を背負っていた彼女は、この二年あまり世界の平和のために巨悪や事故や災害から人々を救ってきたスーパーヒーロー。その彼女が戦っている相手こそ宿敵の【ネガ】。この世界の悪意から生まれた感情生命体というような存在であり、あらゆるモノに寄生して悪事を働いてきた。


 そのネガを今まさに追い込んでいるアルティメットガールだが、彼女も激しい疲労とダメージによって満身創痍であった。


「今日こそあなたを倒すわ!」


 強い言葉と叫びによる暗示が残った力をしぼり出し、ネガの存在を削り散らす。


「このままでは……ワタシが消えてしまう」


 感情生命体のネガは、アルティメットガールの親とも言える博士によって仮の器に封じられ固定されてしまっていた。そこへ彼女の渾身のエネルギーを込めた打撃を流し込むことで消失させているのだ。


「ぐおぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 黒い霧のようでありながら人の形をなしているネガを肉弾戦で殴り蹴るアルティメットガールではあったが、その戦いは自身のエネルギーを全力で叩き込む諸刃の剣だった。


(苦しい。でもお父様は言っていた。心が折れない限りわたしは最強だって)


 追いつめられたネガもすべてを懸けて応戦し、超高度な格闘戦の様相は失われて野蛮な乱打戦へと変貌していた。


「アルティメットォォォォハンマァァァァ!」


 その戦いは豪快なハンマーフックがネガの脇腹あたりに痛撃してから流れが変わる。


 血しぶきと塵影じんえいが飛び散る戦いが一方的になり、黒い影は堪らず背を向けて逃げ出した。


「逃がさない!」


 音速を超えて飛ぶ双方は空気の壁を破ってソニックブームを発生させる。


 追いつくたびにネガの存在を削り消すアルティメットガールに対し、ネガは逃げの一辺倒。それを見ていた博士はなにかに気が付きアルティメットガールのチョーカーに内蔵された通信機へと声を飛ばす。


「ハルカ。奴の狙いはここ。新世紀エネルギー研究開発所だ」


 博士の言うっとおりネガは研究開発施設に飛び込んだ。


 本来は警備システムや防御フィールドなど、様々なセキュリティーによって守られているのだが、ネガに心の闇を利用された者たちによって内外共に大きな被害を受け、現在はその機能を失ってしまっている。


「奴の狙いはこれだったのね。でもあいつのエネルギーは人の悪意であって、こんな人工的なモノじゃない」


 ネガの気配を追って研究所内を駆け回るアルティメットガールに、再び博士から通信が入った。


「ネガは中枢コンピューター室だ」


「了解!」


 入り組んだ通路を駆け抜けて研究所の地下深くに駆けつけたその場には、巨大なコンピューターが設置されている。その操作端末の前には人型の黒い霧が立っていた。


「もうここまでよ」


「あぁ、ここまでだな」


 ネガから暗く濁った声が返ってくる。


「なにをしようと無駄よ。そのエネルギー固定外殻からは出られないわ。そして、次の一撃であなたは完全に消滅する」


 乱れた髪。大きく弾む呼吸。傷からにじむ血液。破損した衣装。疲労を感じる体。それらはこれまでにないほどの凄まじい戦いによって刻まれたモノだ。


「あなたとわたしの宿命の戦いは、今この瞬間に終わるの。死ぬ覚悟も、あきらめの観念も必要ないわ。ただ消えて」


 アルティメットガールは残ったすべての力と意志を拳へと込める。通常は可視化するようなことのないこの光が彼女の力の源である。悪を打ち砕かんとする彼女の意志が、光という形で顕現したのだ。


「アルティメットガール……。たしかにオマエは最強だ。ワタシのすべてを跳ね返してきた」


 この声は、これまでよりもずっと暗くざらついていた。


「そうね。わたしは世界の人々の希望なの。どんな悪にも負けないわ」


「だが、オマエが最強であろうとワタシは滅びぬ。なぜならワタシは無敵だからだ」


「今まさに消えそうなあなたが言えたこと? 遺言としてはお粗末ね。無敵と言うなら敵がいなくなるようにこのわたしの手で無に帰してあげるわ」


 そんな言葉遊びとも言えるやり取りをしているとき、施設内に博士の声が流れた。


「ハルカ、奴はここのコンピューターと同化して、なにかをしようとしている」


「させないわ!」


 その言葉を発したとき、彼女の太ももに向かってレーザーが撃たれた。


「あぁぁ」


 貫通こそしなかったものの、皮膚は焼かれ赤くただれている。


「あははははははっ!」


 その笑い声はおぞましく響き、彼女の臓腑を震わせた。


「ワタシを消すためにアストラルパワーを使い過ぎたようだな。大きなダメージと疲労も重なって、アストラルアーマーも弱々しいぞ」


 チャージされたレーザーが再び撃たれ、身をかわそうとした彼女の肩を焼いた。


「うぅあぁぁぁ」


「この施設のシステムは乗っ取った。セキュリティの防衛システムも掌握済みだ。第六世代型の動力炉が生み出したエネルギーによって撃ち出したレーザーだ。弱ったオマエにはこたえるのではないか?」


 壁からは強烈な衝撃波が放たれ、レーザーは雨のように降り注ぐ。今の疲弊しきった彼女にはすべてを回避することはできなかった。しかし、跳びはね転げるアルティメットガールのその手に溜めた力は、わずかにも揺らぐことなく煌々こうこうと灯り続けている。


「なぶるのもここまでだ。動力炉を臨界まで上げたレーザーに今のオマエが耐えられるか試してみよう」


「それは厄介ね。でもその動力炉のエネルギーの脅威が、わたしにだけ適用されるとは限らないわよ」


「なんだと?!」


「あなたを完全に消滅させるためには高エネルギーが必要なの。万が一にもわたしの力だけでは足りないなんてことがあっては困るから、こうなるように仕向けたのよ。名演技だったでしょ?」


「狙っていたというのか?!」


「あなたとはそこそこ長い付き合いだからね。お父さまに動力炉のセーフティーレベルを下げておいてもらったわ。わたしたちがそれをやったら怪しまれるから、あなたに動力炉の暴走を手伝ってもらったってわけ」


 アルティメットガールの拳がさらに強く光る。ゆるぎない心こそ、彼女の力の源であり、ネガにとって致命となる危険な力なのだ。


「たとえあなたがこの施設のなにかに逃げ込むことができたとしても関係ない。この世界の次元を打ち破って跳躍するようなエネルギーが一瞬であなたを消し去るわ」


「そんなことをしたらこの施設だけではなく日本というこの国すべて消滅するぞ!」


 人々に絶望を与える者が絶望の声で叫ぶ。それに対してアルティメットガールは優しくも冷たい言葉で返す。


「言ったでしょ。この世界の次元を打ち破って跳躍するって。あなたを消し飛ばしつつ、爆発自体もこの次元からも飛ばすのよ。心配ないわ」


「次元からも飛ばす……だと?」


 ネガは暗く静かな声でそう復唱する。そして、なにかを思いつき密かに行動していた。


「そうなれば、さすがのオマエも死ぬのだぞ。それでもいいのか?」


 この問いに、彼女は一瞬だけ言葉を詰まらすも微笑みを見せ、澄み渡る空のような心と、小川のせせらぎのような声でネガに答えた。


「やり残したこともあるし、これからやりたいこともある。欲しいものもいっぱいあるし、手に入れられなかったモノも数えきれない。でも、あなたがいる世界でそれは叶わない。だから、あなたのいない来世で叶えることにするわ」


 この状況に笑みさえ浮かべるアルティメットガール見たネガからは、彼女がこれまで感じたどんな負の感情よりも強く、汚く、荒々しい激情の色を発していた。


「未練を残した死の間際まで笑うだと?! ゆるさん! オマエは絶望と悲痛と嘆きと恐怖と後悔と嫉妬と憎悪と空虚の中で死んでいかなければならない! いや、ワタシがそうやって殺さなければならないのだ!」


 だが、そんなモノを彼女はすべて受け流す。


「さよなら、ネガ。あなたとの宿命は今日で終止符よ」


 拳を体側に引き絞ったアルティメットガールに向けて、すべてのレーザーが臨界まで高められた動力のエネルギーで撃ち出された。しかし、アルティメットガールから放たれる力によってレーザーはかき消されてしまい彼女には届かない。


「アルティメット……スーパーライト!」


 次の瞬間、紫電が駆け抜け、アルティメットガールの拳がネガを打ち抜く。それと同時に彼女の溜めた力が解放され、黒い霧の体は光に飲み込まれた。


 同時に地下の動力炉は臨界を超え、研究所は一瞬の光を放って消失する。


 音さえも消し去ったように静まり返った研究所跡地には、ネガとアルティメットガールの痕跡など、塵ひとつ残っていなかった。

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