アルティメットガールの選択(最終話)

「エリオさん、あなたに聞きたいことがあります」


「なんだい?」


「あなたはなぜ……、ここで異世界の扉が開けることを知っていたのですか?」


 彼女はハルカとして聞くはずだった質問を投げかけた。


「そのことか。それはね、俺の師匠に教えてもらったんだ」


「エリオさんのお師匠さま?」


「そうだよ。仙人って呼ばれているくらいだから、いろいろなことを知っているんだ」


(ここの設備といい、そんなことを知っているなんて。この世界ってなんなのかしら?)


「孤児院の先生たちから聞いた話でしか知らないけど、仙人てすげぇ人なんだな」


 マルクスと同様に皆は感心した。


「境界鏡の中に賢者の石があるって知ったときに、その秘宝なら奇跡が起こせるんじゃないかって思ってね。師匠に聞きに行ったんだ」


「あの里帰りか!」


 エリオはザックに向かってうなずく。


「子どもの頃からいろんなことを聞かされていたけど、ぜんぜん意味はわからないことがたくさんあった。もしかしたらハルカを元の世界に戻す方法も知っているかもしれないと思って聞いてみたら、この場所を教えてくれたんだ」


「ハルカ……」


 彼女の名前を聞いたことで、皆は心に悲しみが込みあげてくる。その心の色味を感じたアルティメットガールは胸を締め付けられた。


「……すごい人なんですね」


「仙人は伊達じゃないみたいだよ」


 優しい笑顔を向けつつ、今度はエリオが彼女に聞いた。


「それで……。答えは出たのかい?」


 その質問が意味することを察し、アルティメットガールは肩を小さく震わせる。


「……わたしがいた世界には魔王とは違う脅威がいくつも存在していました」


 エリオの質問に対する回答とは思えない彼女の言葉。意味はわからなかったのだが、皆は黙って耳を傾けた。


「そういった組織は潰しても潰しても湧いてきますし、発展した文明による事故や災害もあとを絶ちません。きっと現在も苦しんでいる人はいるでしょう」


 ここまでの話で続きを予想し、彼女の選択を察した者は肩を落とした。しかし、エリオはアルティメットガールの目をじっと見て聞いている。


「そんな脅威が些細なことに感じるほどの恐ろしい宿敵がわたしにはいました。この世界に来たのはその宿敵との最後の決戦を済ませた直後です」


「君の宿敵?」


「そうです」


「最後の決戦を済ませた直後って。君は勝ったの? それとも……」


 聞きづらそうに言ったエリオの問いに対して、アルティメットガールは笑顔を返す。


「勝ちましたよ。わたしは世界のスーパーヒーローですから」


 そう答えて力こぶを作って見せた。


「ですが、確実に仕留めるために、決戦の地となった施設を爆破したのです。その作用によってわたしはこの世界に飛ばされたのだと思います」


「そうだったのか」


 感心と納得の言葉には、この世界に来てくれたことへの感謝の気持ちも含まれていた。


「もし、わたしが帰ってしまえば一年以上も魔族の脅威に晒されることになりますよね。魔王の国は三国。他の魔族も狙っているかもしれません。そんなことを考えると帰ってからも心配で仕方ありません」


 急に話が変ったことで皆は口を半開きにする。


「それってつまり……?」


「少しでも早く結界を張るべきです」


 エリオの後ろで皆の暗く沈んだ表情が変わっていく。


「でも、そんなことをしたら君の世界の人たちが」


「宿敵を倒したことでわたしは宿命から解放されたのです」


 レミの瞳が潤む。


「だけど、潰しても湧いてくる悪の組織があるって」


「大半は潰しました。それにあっちの世界にはそういった悪に対抗する組織がありますから、あとは任せましょう」


 マルクスとセミールがガッツポーズを決めた。


「でも事故や災害だって」


「自分たちが発展させた技術による事故や環境破壊からくる災害です。自分たちで見直して改めないと」


 ここでようやくエリオの表情がゆるみだした。


「以前言いましたよね? わたしが必要な世界は人々にとって脅威があるということ。なのに今は、わたしが帰れば魔族の脅威に晒され、わたしが残れば結界によって平和が訪れる。複雑な心境です」


 苦笑いながらも、これまでの沈んだ表情を崩した彼女がエリオに言った。


「だから、わたしは……」


   ***


 その後、聖域の結界が張りなおされたことで魔族の侵攻という脅威は去り、人界は再び結界の庇護のもとで平和を迎える。多くの謎は残っているが、それはエリオたちにとって理解の外であったため、このときはアルティメットガールも深くは追及しなかった。


 エリオたちはハークマイン王国とライスーン王国に、あの魔道具が人界と黒の荒野を隔てる結界の源であったことを伝えた。その話を聞いた両国は賢者の石を諦めざるを得なくなり、エリオたちの処遇は最初からなかったことになる。


 こうして再びビギーナの町に戻り、冒険者ギルドに所属することができたのだった。そして、今日もエリオたちはギルドの依頼により森の中を走っていた。


 リーダーのエリオ。サブリーダーのザック。マルクスとレミの兄妹。その彼らを笑顔で追いかける異世界から来た少女。


 スーパーヒーローは嘘をつかない。しかし、ヒーローを引退した彼女は自分が生存できた理由をでっちあげた。一般の少女のように小さな嘘をついて。


 地球で宿命の戦いを終えたハルカは、非日常の異世界で新たな人生を歩みだし、これまで得られなかった幸せを掴むために生きていく。


 彼女は地球からやって来た煌輝春歌きらめきはるか。その正体はスーパーヒーローのアルティメットガール。世界の平和を望み、常人には手に負えないあらゆる脅威から人々を救ってきた女の子だ。


 第一部・完

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