本当の目的

「君は誰だ?」


 緊張した声でエリオが質問すると、彼らの忍ぶ足音と呼吸以外は聞こえない静かな玉座の間で、優しく小さな声がはっきりと返された。


「ワタシはエクシス。このシステムを管理している者です」


 皆はその回答の意味がわからない。


「しすてむってなによ?」


「わからん。だが、管理者には違いないんだろう」


 ザックは力強く盾を構えて警戒している。


「ここにある物がエリオの言っていた不思議な力を発揮するための物なの?」


(エリオさんが? どういうこと?)


 レミの言ったことを聞いてアルティメットガールはいっそう混乱する。


「いやぁ、俺も聞いただけだから詳しいことはわからないんだ」


 ザックの盾に隠れながらゆっくりと進む中で、エクシスという女性の異常さにセミールが気が付いた。


「か、か、か、体が……透けている」


 エクシスの体が透けているという異常性に驚いてセミールはひっくり返ってしまう。


「この体は擬似的なモノです。ワタシという存在はこのシステムその物ですから」


「立体映像投影ってこと?」


 そう予想できるのはアルティメットガールだけだ。


「いえ、あなたのナノバルテクトシステムに近い技術です」


「それを知っているって?! あなたは地球の技術で作られたの?」


「そうです。でも厳密に言えば、その技術はこの世界で作られた物なのです」


 ふたりのこの会話に付いていける者はおらず、アルティメットガールも驚いて息を飲む。そこで会話が止まったため、エリオが話に割って入った。


「話しているところ悪いけど、本題に移らせてもらうね。えーと、エクシスだったかい? ここなら異世界への門が開けるんだろ?」


 この言葉にアルティメットガールはさらなる衝撃を受けた。


(どういうこと? エリオさんはいったいなにを言っているの?)


 異世界への門を開けるかというエリオの質問に対して、システム管理者のエクシスは表情ひとつ変えずに答える。


「はい。結界を張っていたシステムの鍵である境界鏡を使えばですが」


「これだな」


 セミールがリュックから境界鏡を取り出した。


「ここはいったいなんですか?! なにをするつもりですか?!」


 さすがのアルティメットガールも理解はできず、そんなふうに驚きと疑問を口にする。


「俺たちの目的はハルカを元の世界に帰すことだったんだ」


「え?! 壁破の儀や呪印のためだったんじゃ……?」


 驚きと混乱で、本来アルティメットガールが知り得ないことを口にしてしまうのだが、皆はそれに気付かない。


「うん、その目的ではあったのだけど、一番の目的はこれなんだ」


「ここのシステムを使えば地球への門を開くことはできます。ですが、次に結界を張るのに一年数ヶ月を要します」


「そんなにかかったら……」


 アルティメットガールはそのことが及ぼす事態を危惧して言った。


「それほどのエネルギーがなければ黒の荒野を囲うほどの結界を張ることはできません」


 突然の事態に大きな混乱をしていたアルティメットガールは頭を整理しつつ、エリオのしようとしているこの行為そのものが意味のないことだと気付いた。


「待ってください。ハルカさんは……、もういません。地球への門を開く必要なんてっ」


「必要はあるさ。君がいるじゃないか」


「わたし?」


 優しく悲しげな目がアルティメットガールを見ている。


「君に来て欲しいって言ったのは、ハルカと共に君も元の世界に帰すためだよ。君は、君の世界を守る『すーぱーひーろー』ってやつなんだろ? その力を世界の人たちが必要としているんじゃないのか?」


 アルティメットガールは込みあげてくる涙をぐっと堪えていたため即答できない。


(どうしてわたしに相談もなく……)


 言葉に出せない想いが溢れ、とうとう彼女の心と涙腺は決壊して涙が流れだした。


 元の世界に返してあげたいという皆の思いは嬉しかったが、それは別れという悲しい結末を迎えること。共存しえないこのふたつを受けて彼女の感情は激しく乱れ、しばしのあいだ泣きすする声だけが聞こえる時間が過ぎる。


 この涙が元の世界へ帰れるという喜びのモノではないのだと皆はわかっていた。


(ハルカだけでなくわたしまで。でもそれは、あなたが好きな人との永遠の別れになるんですよ。それでもいいんですか?)


 アルティメットガールは元の世界での使命を指摘され、久しく忘れていた地球のことを思い返す。宿敵は消滅したが人類の脅威となる悪の組織はいくつか残っている。多くは壊滅させたとはいえ、また力を蓄えて人々に害をなす可能性も捨てきれない。


(わたしは、わたし個人の望みに蓋をして、世界の人たちの平和のために活動していたのよね。結局わたしの幸せは、宿敵である【ネガ】が存在する世界ではあり得ないって諦めてしまったんだった)


 そう思ったことで、ハルカはエリオが自分を送り返すという行為にピンとくる。


(そうか、エリオさんも同じなのね。自分の想いよりもわたしやわたしの世界の人たちのことを優先させているんだ)


 エリオの想いが胸を打つ。帰るべきだが帰りたくないその葛藤により返答できず、玉座の間は沈黙が続いていた。そんな空間に声が流れる。


「まいったなぁ。アルティメットガールが帰っちまったら再戦できねぇ。でも結界はないから魔族や魔獣とはバンバン戦えるか」


「ホントあんたは自分勝手ね。勇者の名は返上しなさいよ」


 空気を読まないマグフレアの言葉にレミは呆れと怒りを込めて言うと、マグフレアは勇者についてのうんちくを返した。


「勇者って称号はな、もともと強力な退魔の呪印を持って魔族と戦う者に与えられたんだ。魔族に対して『優』位なる『者』。それが略されて『優』・『者』となり、その呼び名が『勇者』に変ったわけだ」


「なによそれ。ホントなの?」


「本当さ。だから俺は今後も勇者ってことだ」


 そう言ってまぐるレアはニヒルに笑った。


「アルティメットガールが帰るにしろ残るにしろ、俺は結界が張られる前に先に進む」


「あんたなんか黒の荒野で野垂れ死んじゃえ!」


 叫ぶレミの後ろから、少しかすれた声と不機嫌な声がマグフレアの言葉に続いた。


「俺も行く」


「私も行く」


 それはカイルとグレイツだ。


「俺の目的は魔王共の首。今まで結界が邪魔して戻れなかっただけだ」


「魔王の首か。手を貸してやろうか?」


「人族の手は借りん」


 マグフレアの申し出をカイルはバッサリと切った。


「冗談だ。俺は個人的に魔王を狙う」


「なに? それでは同じことだろうが!」


「最強を目指すんだ。魔王を倒すことがその過程にあるのは当たり前だろ」


 ふたりがそんなやり取りをしていたが、皆の視線はグレイツに集まっていた。


「カイルはともかくなぜグレイツも?」


 エリオが代表してその理由を聞く。


「私がいなくなれば人質になっている父と母の利用価値はなくなる。だから私はこの地を去る。そのことでヴェルガン、君に頼みがあるんだ」


 懇願とも取れるその弱々しい視線をエリオに向けてグレイツは言った。


「俺はこの戦いで死んだことにして欲しい。直接でなくてもいい。イラドンの耳に入るように噂を流してくれないか?」


 この申し出にマルクスとレミは不機嫌そうに睨むが、エリオはそれを了承する。


「おまえの頼み、聞いてあげるよ」


 ハルカの仇であるグレイツの願いを、あまりに素直に受けたエリオに皆は驚いていた。


「みんなの気持ちはよくわかる。俺も同じ気持ちだけど、それとこれはまた別の話だ」


「グレイツのためじゃなくて、イラドン大臣に対してってことだろ?」


 仲間の中で唯一冷静だったザックの説明にエリオはうなずいた。


「以前話したことがあるけど、俺はイラドンの依頼を受けて殺されそうになった。奴にはなにか企みがあるんだろうと思う。それも国家規模で。グレイツはそれに利用されていた。その結果がこれだ」


「つまり、この気持ちはイラドンに向けるってことだな」


「そう。元を潰さなければまた同じ悲劇が繰り返される」


 エリオの怒りと悲しみも、マルクス同様にその拳の中に握り込まれていた。


「ともかくグレイツは死んだことにする。俺が斬ったって」


 俺が斬ったと付け加えたことで、セミールは慌てて言った。


「そうなったら勇者殺しって悪評が立つぞ。下手したらお前の身に危険が……」


「実は魔族だったって言えば大丈夫じゃないか? 魔素の影響で魔族化して暴走したとか。嘘ではないしね」


「感謝する」


 グレイツは座ったまま小さく頭を下げた。


「民衆はともかく、私の出生を知っているイラドンならば納得するだろう」


「エリオさん」


 ここまで黙っていたアルティメットガールはどうにか涙を止めて彼の名を呼んだ。

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