片想い、こじらせました

水瓶と龍

片想い、こじらせました

 いつだって君の周りには何かが舞っていたんだ。それは桜の花びらだったり初夏の強烈な日差しだったり切れる様な枯れた落ち葉だったり冬の凍てつくような空気でさえも君と同じ空間にいたらそれはまるで美しい絵画の様に一つのフレームとして世界から全ての音を無くして僕の心の奥底にまで焼き付いてきたんだ。


 そんな君が空を仰いで泣いていた


 もしかしたら声なんか出していなかったのかもしれないけれどその姿はまるで大声を出して泣いている小さな子供の様でそれはとても儚くてその時もやっぱり君の周りには桜の花が狂ったように舞い散っていてそのシーンは君とその涙と花びらとが一体となってまるで触れたら割れてしまうほど薄くて透明なガラスが囲んでいるかの様なこの世に存在しているのが奇跡だと思えるくらい美しかったんだ。



 僕が君の事を意識してしまったのは大きな桜の木が花びらをまき散らしているのが印象的な場面で皆が同じ様な服に袖を通して子供が大人の振りをするのに夢中になり始めた頃だった。

 多くの人がそうであるように僕も例に違わず世界との距離を掴みかねていてまるで僕の方が世界に興味が無い素振りをしていながら本当は世界の方が僕に興味が無い事がわかっているのにそれに気が付かないふりをして強がっているだけのただの少年だった僕の心の中にまるで全てを浄化させる為に作られたウィルスの様に入ってきたのが君と言う存在だったんだ。

 君は僕と同じ箱の様な空間に閉じ込められてその中で君も皆と同じ様な服を着ていて皆と同じ様に時間を過ごしていたけれど僕にとって君だけは何だか輝いて見えて僕はそんな君をずっと見ていたい衝動に駆られ続けていたけれどずっと見ていると周りから茶化されるような気がして視界の隅で捉える位にしようと意識していたけれど本当は誰が誰を見ているかなんて誰も気に留めていなかったんだけど僕はどうしようもなく自意識過剰だったから自分の欲求に抗って君を見ない様にしていたんだ。


 日差しが肌を焼くような季節になると否が応でも人は袖が短い服を選ぶようになり君もそうなったけれどそれと同時に現れてくる君の白く伸びた手や細くて真っすぐでキレイな足に僕は思わず見とれてしまいそうになってしまって僕はなるべく見ない様に意識していたんだけれどどうしてもその白いシャツの背中や胸元に浮かび上がる神秘的な線や面は一瞬にして僕の心の中の引き出しの一番上に入り込みいつでも引き出せてしまうある場面では困ってある場面では非常に優秀となる記憶を僕の中に焼き付けたんだ。

 僕の周りではその事を恥ずかしげも無く大声で言う奴がいたけれど僕はそんな事を考えているなんて事を君に絶対に知られたく無かったから寝る前や一人で歩いている時なんかにその事を周りに知られない様にするにはどうすればいいのかをずっと考えてそしてその練習を重ねて重ねて重ねてきたから君にはバレないで済んだけれど周りの奴らからはつまらない奴だとか知識足らずの子供だとか色々言われていたけれど君にこの秘密の感情を知られてしまって嫌われたりする方が僕にとっては死ぬほど耐えられない事だったから僕はそんな事を一切考えていない振りをしていたんだ。

 そして君が数学が苦手だといつも言っていたから僕はいつでも君に教えてあげられる様に興味もない数学の事を我慢して学んでいたから周りの奴が僕に対してどうこう言ってくるのか何て脱ぎ捨てて裏返しになってしまった靴下を表に直してから洗濯機に投げ込む事よりも低い優先度だったんだ。


 一番暑い季節になると机に座って学ばされる時間の中から一時的に解放される様になって周りの奴らは喜んでこれからやってくるいつもは誰も居ない公園や神社がにぎわう日の事や空に上がる人工的な星や水の中や海の中で遊ぶ計画を楽しそうにしていて僕も話を振られるから何となく合わせて相槌をうっていたけれど僕にとっては君と一緒に居られる空間を奪われてしまう事に対して年上の人間の横暴さを身をもって実感していたけれど僕はもしかしたら色んな人間が集まる場所に行けば君と出会えるかもしれないと思ってあまり興味も無いそのイベントに参加する事にして君といつ出会ってもいいようにと期待しながら君と出会える事が出来たら僕は君の為に屋台か何かでささやかな贈り物が買える様にとポケットの中にはいつもより余計にお金を入れて持ち歩いていたけれどその期間に君と出会えたのは近所の図書館の入り口ですれ違うだけだったから僕のポケットの中のお金は減る事は無くて僕はもう一度君と偶然出会える奇跡を信じて涼しいからって良く分からない理由を付けてその図書館に通っていたけれど奇跡はその後起きなくて奇跡と言うのは刹那なモノなのだと実感して次は絶対にその奇跡を無駄にしない様にと心に決めたんだ。


 まだ暑い時期だったけれど年上の人間が決めた期間が過ぎるとまた強制的に皆同じ場所に集められて同じ様な箱で過ごす事になって周りの奴はまだこんな所に来たくないとかもっと期間を伸ばせとか騒いでいたけれど僕にとっては君がいるならこの狭い箱の中にいる事の方が大事だったんだ。

 涼しくなってくるとまた服の袖が長くなり君の神秘的な線が見れなくなってしまってそれは残念だったけれど僕の心の引き出しの中にはまだ君の残像が沢山残っていたから我慢できたしそれに僕は君の為に好きでもない数学を毎日必死に学んでいて君の役に立てる時の為に没頭出来たから気を紛らわせられたし皆が長袖の上から更に分厚い服を着る様な季節になった頃にやっと君が僕に数学を教えて欲しいって声を掛けて来てくれたから僕は桜の季節からずっと準備していた対応を君に対してする事が出来たんだ。

 だけど君からの反応は感謝の言葉と天使の様な笑顔と僕の名前を至近距離で言ってくれた位で終わってしまって僕が考えていた君と僕とが手を取り合ってそのまま二人で大人の関係になる様な展開にはならなかったけれどその日をきっかけに君は毎朝僕を見かけると挨拶をしてくれるようになったから僕は挨拶を完璧にするにはどうすればいいのか活字やテレビや映画や時には町で見かける人を見てヒントをそこから奪い取って僕は自分の部屋の鏡の前や寝る直前の夢と現実とが入り交じる世界で君に気に入ってもらえる様な挨拶を練習する日課が増えたんだ。


 また繰り返しやって来た桜の花の季節になると僕は前よりも視線の高い所から桜を見る事が出来る様になっていたけれど毎日君と挨拶をしたりその練習を繰り返ししていたせいなのか分からないけれど前に桜を見た時よりも僕の声は低音になった上に喉には不格好な凹凸が出来て何だか前に見た桜よりも僕の気持ちだけがどこかに置いて行かれてしまっている様な感覚に襲われる事があったけれど君と挨拶する日課が消えていないおかげで僕は表面上どうにか何も変わっていない振りが出来ていたんた。

 そんな葛藤と戦いながらも毎日君と言う存在と一緒に居られるのならば僕としてはずっとこのまま変わらずに過ごしていたいと考えていたけれどやっぱり年上の人間は勝手なモノで頼んでも無いのに箱の中身をごちゃ混ぜにしてきて危うく僕は君と同じ空間に居られ無い季節を過ごす羽目になりそうだったけれど何とかまた同じ季節を繰り返し同じ空間で過ごせる事が出来る様になって僕は正直飛び跳ねて君に抱き付いて喜びを分かち合いたいと思ったけれどいきなりそんな事をしたらきっと君は驚いてしまうだろうし何よりも周りに居る出しゃばりな奴やお節介な奴や下世話な話をする人間に君があれこれ言われてしまうんじゃないかと思って僕はそうする事はせずに日課となっていた君との挨拶のついでを装ってまた一緒だなって君に言う位にしたんだけどその時君は僕に満面の笑みで返事をしてくれたから僕はまた一緒だなって君に言う為に何回も練習した甲斐があったなって思ってもうそんな必要も無いのに心の中でまた一緒だなまた一緒だなまた一緒だなってその場面を反芻してそのたびに君が僕に向けてくれた笑顔が僕の心の引き出しの一番上に新しく保存されるから僕の心の引き出しは次から次へと溢れかえってしまってもう何段になっているのか数えるのも面倒になってきてしまっていたんだ。


 次の桜の季節になってまた年上の人間は勝手に今まで居た箱の中身をごちゃ混ぜにして来たけれど僕は勝手に君とはずっと同じ空間に居られるんだと確信していてそれが運命だなんて思っていたからあんまり気にしていなかったんだけれど年上の人間というのはどうしようもなく横暴で自分勝手で無神経で僕と君は違う箱の中で次の季節が巡る時間を過ごさなくてはいけなくなってしまって僕はその事が決まってしまった瞬間に全てのモノをぶち壊したくなる衝動に駆られ続けていたけれどそんな事をしたらきっと君は僕の事が怖くて嫌いになってしまうんじゃないかって考えてそのリスクを避ける為に僕は心を殺して我慢する事にしたんだ。

 そんな不本意な季節が巡る様になってしまったけれどたまに君とすれ違う時は今まで通り君は挨拶をしてくれたから僕は安心したんだけれどその頻度は滅法少なくなってしまったから僕はその瞬間を絶対に見逃さない様に神経を常に張り巡らせていたんだ。

 君はひどい目に合っていた誰かを助けようとしたらその火の粉が君に降りかかってしまったらしくてそのせいで君は涙を流してしまっていて僕はそんな君を偶然見かけて僕は君を抱きしめて慰めて涙を拭ってあげたかったけれどそれは他の人がやってしまっていたからまた君に涙を流させる様な無神経な奴が居たら僕が助けてあげられる様にとそれから僕はずっと拳を握り続けていたんだけれどそれからは君が泣いている姿は見なくて僕は安心したのと同時に君を助けられたら君ともっと親密になれるかもしれないと卑怯な考えをしていたんだけれど君が笑っていてくれたら良いと思いながらも握り続けた拳は僕の掌を白く変色させていたんだ。

 君と違う空間に居続ける事は僕にとっては苦痛以外の何ものでもなかったけれど季節と言うのはちっぽけな僕の感情なんかとは全く関係なく巡って行ってみんなが分厚い服を着る季節になって雪まで降ってきてしまっている時に君は僕の前に突然やってきて僕に赤いラッピングがされたプレゼントを渡してきてその時君が言ったこれあげるという言葉に対して僕の心は幾千にも分裂して今降っている雪と同じ様に空気中に舞い上がってしまったかのようだったけれど僕はそんな心の中を君に知られない様にして喉からおうっていう言葉を絞り出すのが限界だったんだけれど僕にとってはその瞬間は生命が産まれるよりも天地がひっくり返る時よりも奇跡的な瞬間で更に君は可愛い赤いマフラーと手袋を着けていて雪が全ての光を乱反射させている背景に浮かび上がったその姿はまさに天使そのものだったんだ。

 僕はそれを誰かに見られてしまったら君と僕との大切な瞬間が汚されてしまうと思ったから隠す様に自分の部屋に持って行ってそれに入っていた手作りの甘いチョコレートは食べてしまうのが勿体なくて色んな角度から眺めていたんだけれど僕はそれを貰うと言う事は次は僕がお返しをするものだと知っていたからどうしようかと何日も何日も悩んで絞り出した答えはまた桜が咲く頃にやってくる別れの儀式の時に僕の今までの気持ちとずっと使わなくてポケットに入ったままのお金で君の好きなモノを買ってその儀式が終わる頃に服についている上から二番目のボタンと今まで心に閉まっていた君への気持ちを伝えようと決めたんだけれどそれは僕にとっては高い崖から飛び降りるよりも勇気が必要な事だったから何回も何回も全ての時間を費やしてその時の為の練習を重ねたんだ。


 別れの儀式の時がやってきて君を必死に探したけれどその時はいつもより大勢の人間が集まっていたから君を探し出すのにとても苦労したんだ。


 それで君を見つけたらやっぱり君の周りには桜の花が舞っていてまるで君の周りだけ音が無く世界中の綺麗なモノだけを書きだした絵画の様に僕の心に強く強く強く焼き付いたけれど君は空を仰いで涙を流していて僕は次に君が涙を流した時は絶対に守ってやろうと拳を握っていたんだけれど


桜の雨が降りしきる中、泣いている君を見て


僕は


僕は

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片想い、こじらせました 水瓶と龍 @fumiya27

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