第2話 タマムシ幻想

廃村に成って半世紀以上経つって話だ。

この道は殆ど使われて無いんだろう、草木は伸び放題で荒れ果てている。

獣道と呼ぶのもはばかられるほどってやつだな。


「こっちこっち♪」

少女が手を振っている。

一応、待ってくれてるみたいだ。

何故かヘルメットは被ったまんまだけど。

まあ、気に入ったのなら、そのまま被らせとこう、壊されることも無いだろうし。




鼻歌交じりに獣道を進む少女の後に付いて、結構林の奥まで来てしまったんだが、大丈夫かこれ?

「まさか遭難とかしねえよな……」とか不安になってきたころ、向こうに何か石碑の様な物が見えて来た。

さらにその向こうに、家の様な物も。

「本当に有ったんだ……」

「ぶーー! マナミ、うそつかないもん!」

「いや、ごめんごめん、そう言う意味じゃ無いんだ」

祖父の脈絡のない話、親父から聞き出した村の名前、怪しい廃墟マニアのサイトの情報。

正直内心、辿り着けると思って無かったんだ。


石碑に歩み寄る。

『ふるさとの』と書かれている。

あと、親父に聞いた村の名前やら、苔むして読み難くなっているが、この地に対する感謝の言葉らしき文章。

村を離れるにあたって建てた記念碑か何かだろうか。


で、そんな旧村民達の思いがこもった記念碑に、ヘルメットを被った頭をコツンコツンとぶつけてる少女がいる。

「おいおい、何やってんだ? そんな事してっと、アホに成っちまうぜ」

「すごい♪ 痛くない♪ えへへ♪」

「まあ、日本のトップブランドのヘルメットだからな、中国製の安モンとは訳が違うのさ……ってか、何する気だ?」


少女がおもむろに後ろに下がってしゃがみ出し、石碑に向かってクラウチングスタートの姿勢。

おいおい、マジかコイツ……。

それはアカンやろ!

「ちょい待ち! お前何考えてんだ!」

慌てて、少女を止める。

「ぶーー! 試してみたかったのにーー!」

「そんな事したら、頭はともかく、首やっちまうぜ!」

「あっ、そうだよね。てへへ♪」

まったく、小学生の奇行には付いてけないぜ……。


とか、アホなひと悶着もんちゃくも有りつつ、村の中に足を踏み入れる。

村の中も、来た道同様荒れ果てている。

建物は全て木造の平屋建てらしいが、その殆どは半壊か全壊していて無残なものだ。

この中に、祖父が暮らしていた家もあるのだろうと思うと、不思議な感覚に成る。


「それで、おじ……じゃ無かった、お兄さんはここに何しに来たの?」

おじさんと言いかけた事は聞き流す。

「昔ここに住んでた俺のじいちゃんの虫かごを取んに来たんだよ」

「お兄さんのおじいちゃん何か飼ってたの?」

「タマムシを飼ってたんだとさ」

「へー、タマムシだったらたくさん居るよ」

「えっ! ホントに?」

「こっちだよ♪」

またもや唐突に少女が走り出す。

でも、ラッキーかも。

ここで、タマムシが手に入るって事ならペットショップ探す手間が省ける。


後を付いて行くと、鬱蒼うっそうと木々が生い茂り、その木々の枝葉が空を覆い尽くす。

昼間とは思えないほどの暗さに、再び不安になってきたころ、ちょろちょろとせせらぎの音が聞こえて来た。

「こっちこっち♪」

手招きしている少女に歩み寄ると、やや開けた空間がその向こうに有った。

それでも、十分不気味なほどの暗さでは有る。

で、その広場の左側は跨げるほどの幅の小川が流れていて、右手にはさっきの石碑よりも小さく、さらに苔むした石碑が幾つも並んで立っていた。


「ここは、いったい……」

と、その広場に足を踏み入れた瞬間、荘厳そうごんなほど幻想的な光景が辺りを覆い尽くす。

蛍だ……。

無数の蛍が、俺の足音に驚いたのか、一斉に飛び立ったんだ。

辺りの暗さもあって、飛び交う蛍たちの光が良くえる。

呆然と立ち尽くす俺に、少女が思いもしない言葉を掛ける。

「タマムシだよ♪」

「えっ! タマムシってこれホタルだよね?」

そう言いながら、左肩にとまった蛍をそっとつまみ上げ見てみる。

間違いなく蛍だ。


「うん、そうなんだけど、この村ではホタルの事をタマムシって呼んでたんだって。死んだ人の魂だからタマムシって言うんだって」

そして、ふと気が付いた。

居並いならぶ石碑には、読み取れはしないものの戒名の様な物が書かれ、家紋の様な物も見て取れる。

それに、朽ちた卒塔婆そとばの様な物も。

ここは、墓地だったんだ……。

「でも、どうして君はそんな事を……」

「ねえ、お兄さん、ソレどうするの? 飼うの?」

澄んだその声に、俺はそっと手の中のホタルを解き放つ。


「いや、ここのホタル……じゃ無かったタマムシは捕ったりしないよ」

どうせ、元々ペットショップを回る予定だったんだ、探す物がタマムシから蛍に変わるだけ。

手間は、当初の予定と変わるわけじゃ無い。

「ねえマナミちゃん、この近くに大きなニレの木は無いかな? じいちゃんは村はずれに有る、大きなニレの木のウロに虫かごを隠したって言ってたんだ」

「こっち♪」

と、少女は唐突に走り出し、その後を追う。

このテンプレにも慣れて来た。


墓地を抜け、さらに少し進んだところにその木はあった。

「確かにってか、想像以上にでけえなぁ……」

高さは、周りの木とさほど変わらない。

だが、枝が左右に大きく広がり堂々とした巨木だ。

その枝も、幹の結構低い所からも伸びている。

子供が登って遊ぶのには、うってつけだったんだろう。


その木をぐるりと一回りする様に、祖父が言っていた木のウロを探す。

それは、簡単に見つかった。

根元付近に、結構深そうな大きなウロがぽっかりと開いている。


とは言え……ここに手を突っ込めって事だよな。

意を決して、恐る恐る手を差し込む。

「ムカデとか出て来んなよ……」

ふと、指先に固く角ばった感触の物が触れる。

「これか?」

そっと、万が一にも何処かに引っ掛けて壊さない様に取り出す。

「間違いない、虫かごだ……ん!? オイオイ、マジかよなんだコレ!」


虫かごの中に、蛍が、いやタマムシが居た。

そりゃ、じいちゃんが飼ってたって話なんだから、死骸ぐらいは残っててもおかしくはない。

でも、そこに居たタマムシの尻が光っている。

触覚も動いてる。

生きて、虫かごの中に居たんだ。


「いやいやいや、それは有り得ねえだろ、さすがに」

さっきのタマムシの飛び交う幻想的な光景に当てられて、ファンタジーな事を考えちまったぜ。

常識的に推理すりゃ答えは想像付く。

「このタマムシはマナミちゃんが?」

そう問いかけ、振り向くと少女の姿はどこにも居なかった。

ただ、俺のヘルメットがポツンと置かれてるだけ。


しばらく探したが、少女の姿は何処にも無かった。

まさか……幽霊だったとか……。

それこそ有り得ねえだろ。

唐突に現れて、唐突に走り出す様な子だったからな。

俺に付き合うのも飽きちまって、唐突に帰っただけだろうさ。

「一言、礼ぐらいは言いたかったんだがな」




「じいちゃん、見舞いに来たよ。今日は土産もあるぜ」

「おう、よう来たのう。で、誰じゃったかのう?」

「オイオイ、可愛い孫の顔ぐらい忘れないでくれよ」

「はっはっは、そうじゃったの」

まあ、いつもの冗談交じりの挨拶を交え、病室に入る。

ただ時折、本気なんじゃねえかと心配になる時もある。


笑顔を向ける祖父の顔色はあまり良く無い。

日を改めるべきかとも思いつつ、早くアレを見せたくてベットの横の椅子に腰を掛ける。

まあ、どのみち来るのが遅く成っちまったせいで、面会時間の締め切りまであと三十分も無い。

そう、負担には成らないさ。


そして、虚ろな笑顔を天井に向ける祖父の手を取り、リュックから取り出した虫かごをそっと手渡す。

「こいつは……おお……おお……!」

祖父が手に取った虫かごをの中身をマジマジと眺める。

祖父の虚ろだった目に生気が宿って行くのが判る。

「ワシの虫かごじゃ、ワシの、ワシのタマムシじゃ……」

「どうだい、じいちゃん、約束通り持ってきてやったぜ♪」

「ありがとうな、本当にありがとうな……本当に……」

祖父は涙を流しながら、そう繰り返す。

まあ、苦労して探した甲斐が有ったってモンさ。

一緒に探してくれたマナミちゃんにも感謝だな。


「すまんが、少し窓を開けてくれんか?」

じいちゃんは虫かごを開け、中のタマムシを人差し指に止まらせながら、そう俺に頼む。

「ああ、良いぜ、じいちゃん」

俺は、ベットを回り込む様に窓の傍に歩み寄り、スーと10センチほど窓を開ける。

少しひんやりとした、初夏の夜風が病室に舞い込む。

外は珍しく、満点の夜空。

あの村で見た、飛び交うタマムシたちの幻想的な風景を思い出しつつ、柄にも無くその夜空を見上げる。


「長い事、一人にさせてしもうて、本当にすまんかったなぁ、マナミ……」

ふと、聞き覚えのある名前に驚いて振り返ろうとしたそのとき。

開けた窓の隙間をすり抜ける様に、二匹のタマムシが病室の外に飛び出す。

そして、高く高く、満点の星々の中へと溶け込んでいく。

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タマムシ奇譚 春古年 @baron_harkonnen

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