タマムシ奇譚

春古年

第1話 廃村をさがして

緑に囲まれ、曲がりくねった山道をバイクで走る。

エンジンの鼓動を感じながら車体を左右に倒し、ワインディングを楽しむ。

梅雨前の初夏の風と柔らかな日差しも心地いい。

「そう言えば、こうやってツーリングすんのも久しぶりだな」

まあ、今日の目的はツーリングってわけじゃ無く、別に有るんだが……。


先日、祖父の病室に見まいに行った。

祖父の病状は深刻で、そう先は長くないらしい。

それに最近、痴ほうも酷く成ってて会話がかみ合わない事も度々だ。

そんな微妙にかみ合わない会話の途中、祖父が昔語りを始めたんだ。

昔語りと言っても民話とか昔話なんかじゃ無い、祖父の子供の頃の話さ。


「ワシには二つ下の妹がおってな。ワシに懐いとってな。二人で釣りやら木登りやらしてよう遊んだもんじゃ」

「へー、じいちゃんの妹って事は、俺の大叔母おおおばってことか。アレ? でも会った事ねえな」

何となく、祖父の話に合わせて会話する。


「妹はな死んだんじゃよ。風邪をこじらせてぽっくりとな……」

上手く返せる言葉が見つからなく黙っていると、祖父は遠くを見つめる様な視線を病室の天井に向けたまま、話を続ける。


「通夜の晩、ワシはタマムシを捕まえてやろうと思うてな。夜中に虫かごを持って妹の亡骸なきがらが寝かされてる部屋に忍び込んだんじゃ」


話に脈絡が無い……。

可愛がってた妹が死んで、その通夜の晩に虫取りなんてしねえだろ普通。

しかも、虫取んに行くのにその妹さんが安置されてる部屋に忍び込むとか、辻褄が合って無い。

それでも、残りわずかな祖父との時間を大切にしたい俺は、無理やり話を合わせたんだ。


「それで、そのタマムシってのは捕まえたのかい、じいちゃん?」

「ああ、捕まえた。あの子が眠る布団の上にった。それを両手で包み込む様にして捕まえてな、そんで、虫かごに入れて大切に飼う事にしたんじゃ。親や村のモンに見つからん様に、虫かごを木のウロに隠してな」


懐かしむ様に微笑みながら話す祖父の顔が曇る。


「それから二年ほど経って、村を出ていく事になったんじゃ。何でも村を廃村にする事が決まった言うてな……」

「じいちゃんは、村を出て都会に引っ越すのが嫌だったのかい?」


「都会に引っ越すんが嫌っちゅうわけじゃ無い。タマムシをどうすりゃエエか困ってしまってな。今更、親に見せる分けにも行かんし、都会に持ってく分けにも行かん」


「え!? それって、妹さんの通夜の晩に捕まえたタマムシ?」

「そうじゃ」

「二年も前に捕まえた?」

「そうじゃ」

「へー、ソイツはえらく長生きなタマムシだね、じいいちゃん」

「大切にしとったからな」


脈絡のない会話にも慣れて来た……というより、少し楽しくなってきた。


「それで、結局どうしたんだい、そのタマムシは?」

「どうするか悩んどるうちに、引っ越しの日が来てしもうてな。その日は朝から慌ただしくなってしもうて、タマムシを虫かごから逃がしてやる事も出来んかった。

今思えば、それが心残りでなぁ……」


「で、じいちゃんはどうしたいの?」

何となく聴いたその問いに、やや想定外の答えが返ってきた。


「今からでも、虫かごから逃がしてやりとうてな」


いくら長生きなタマムシと言っても、さすがに半世紀以上も前に捕まえたタマムシが生きてるわけが無い。

てっきり、お墓を作ってやりたいとか、そういう答えが返ってくると思ってたんだが……。


まあ、良いさ。

俺は最後のおじいちゃん孝行をする事に決めた。

「だったら、俺がその虫かご取ってきてやんよ。木のウロとか言ってたけど、どんな木のウロに隠したの?」

「村の外れに有った大きなニレの木じゃよ。アイツとよう登って遊んだもんじゃ」




と、まあ、そういう訳で俺は今、祖父の生まれ育った村が有ったところを目指してバイクを走らせている。

ただ、正直言って、虫かごはおろか、その廃村に辿り着けるかどうかも半信半疑だ。

何しろ、祖父はその村の有った場所も、村の名前すらも覚えちゃいなかったからな。


幸い、ダメもとで親父に聴いたら村の名前は昔聞いた事が有ったらしく如何どうにか判明し、それを手掛かりにネットで検索したりSNSで情報を集めたり……。

で、ようやく、廃墟マニアのコミュニティサイトでそれらしい場所を特定して向かってるという訳さ。




「弱ったなぁ。この近くの筈なんだが……」

バイクを止めてGPSを確認する。


かつては村だったと言っても、廃村の跡地は舗装された道路に面してるわけじゃ無い。

何処かに脇道がある筈なんだけど、それらしいものは見当たらない。


「廃墟マニアのサイトになんか書いてなかったかな……。あっ、ダメだ、電波が入らん」

しゃあない、もう少しバイクで流してみて、見つかんない様なら一旦出直して情報収集しなおすか、それとも諦めて、アンティークショップ巡りしてそれらしい虫かごを探すかだな。

まあ、どっちにしろ、中身のタマムシは生きちゃいないだろうし、タマムシ売ってるペットショップも探さなきゃな。



「おじさん、こんなとこで何してんの? 迷子さん?」


おじさん呼ばわりされた事よりも、気配もなく唐突に言葉を掛けられたことに驚いた。

危うく、バイクを立ちゴケさせる醜態しゅうたいをさらすとこだったぜ。


で、その声の方に視線を向けると、小学校の低学年ぐらいだろうか、オカッパの少女が小首をかしげる様な、こちらを覗き込む様な恰好で立っていた。

「はぁ~」とため息を一つ突きつつ、ヘルメットのシールドを上げ、「お兄さんな!」と訂正しておく。


「お嬢ちゃんこそ、迷子じゃ無いのか?」

こんな何もない山道に、こんな子供が一人で、それこそ用も無い筈だ。


「お嬢ちゃんじゃ無いもん! マナミだもん!」

俺の言い方が悪かったのか、気に障ったらしい。


「えーっと、マナミちゃんは道に迷ったのかな? 家の住所は言えるかい? 何だったら、送ってってあげようか?」

取り合えず優しく言い直して置く。


「マナミは迷子じゃ無いよ。お家は一人で帰れるもん」

まだ少し御機嫌が斜めらしい。


「じゃあ、マナミちゃんはこの近所に住んでんの?」

「そうだよ♪」

えらく、辺鄙へんぴなとこに住んでんな……ってのは、大きなお世話か。

家庭の事情とかも有るだろうし。


でも、地元の子って事は……まあ、ダメ元で聞いてみるか。

「じゃあ、もしかしてこの近くに在る廃村の場所とか知らないかな?」

「ハイソンって何?」

「あー、人が住まなくなった村の事なんだけど、分かるかな?」

「知ってるよ♪ マナミが案内してあげるね♪」


そうはずむ様な声で言いながら、スタスタとバイクの後ろに回り込んで後部座席によじ登って来た。

「おいおい……まあ良いか……」

せっかく案内してくれるって言う少女を無理やり降ろす分けにも行かず、諦めてニケツする事にする。


「分かった、んじゃぁ案内頼むよ。あと、後ろに乗って案内してくれるってんならこれ被っとけ」

そう言って自分が被ってたヘルメット脱いで少女に渡す。

さすがに、ぶかぶかだが無いよりはましだろう。

万が一の事もあるからな。

まあ、俺はノーヘルに成っちまうが、こんなとこでおまわりさんと出くわす事も無いだろうし。


「ねえねえ、似合う♪」

ヘルメットが珍しかったのか、キャッキャッと騒ぎながら聞いて来る。

どうやら、御機嫌は良く成った……と言うより、テンション爆上げ中だな。

「似合ってっけど、騒ぐと落ちて怪我するからホドホドにな。で、どっちの方向だい?」

その問いに、少女の小さい人差し指が、来た方向を指し示す。

何もなかったと思うんだが、どうやら何か見落としがあったんだろう。


バイクをUターンさせ、走らせる。

「ヒャッホー♪ 飛ばせ~♪」

背後で景気よく叫んでる少女は無視して、安全運転。

ニケツなんて久しぶりだし、まして見ず知らずの少女を乗せて事故るわけにもいかんからな。

750ccの大型バイクを原付並の速度で走らせる。

まあ、それでも、少女は結構楽しそうに後ろではしゃいでいる。




「ここだよ♪」

二分ほど走ったところで、そう声を掛けられバイクを止める。

が、道路の右側は切り立った斜面、左は林、それらしい何かが有る様には……いや、有った!

左の林の奥に伸びる、荒れた獣道の様な物が。


「もしかしてここ?」

「そだよ♪」

「マジか……。しゃあない、バイクを降りるか」

「えーー! なんでーー! バイクで行こうよーー!」

と少女は抗議するが、オフロードバイクでも無い俺のバイクでこんなとこ走んのは自殺行為だ。

てか、仮にオフロードバイクだったとしても、こんなとこニケツで走るテクニックなんぞ俺には無い。


「ハイハイ、降りた降りた」

「ぶーー!」

と、少女は抗議の一鳴ひとなきを上げてバイクから飛び降り、メットも被ったまんま獣道に走って行った。

「おい、ちょっ……! しゃあ無い」

と、俺も後を追う。

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