第36話 The chaos invasion③
頭が痛い。
『殺せ、殺せ、殺せ。全て、殺せ』
懐かしい、声がする。
頭が痛い。
『もうこれ以上……殺したくない……!殺したくない……!殺すのは……もう嫌だ……!』
これは、いつぞやの思い出だ。
頭が痛い。
『早く……消えたい。もう何も考えていたくない。あいつに会いたいってこの気持ちも……消えてしまえばいい。そうすれば、俺は……俺は……』
これはいつの日か考えていたことだ。
頭が痛い。
『嫌だ……俺は……助けに行きたい……』
これは、ついさっき言っていたことだっけ。
_____視界が戻った。目の前に、金髪碧眼の男が立っている。
_____誰だっけ、こいつ。
_____気持ちが悪い。
_____痛い。
_____嗚呼、こんなことしてる場合じゃねぇ。
____俺は
_____早く
彼女を助けに行かないと/彼女に会いに行かないと。
「
生存本能丸出し。脳から溢れるホルモンの勢いに任せて、いざ獲物を殺さん。
血が溢れる右手を逆に活用し、血をふりかけて敵を惑わせ、その隙に襲い掛かろうとする。
手で敵を引っ掻き回し、そして引き倒すために、手が伸びる。
だが、飛ばした血と共に、手も敵の目の前の空中で停止した。
止められたのでもなく、止めたのでもない。ただ、止まったのだ。
「おっと、つい癖で」
敵がなんでもなかったかのように言葉を零すが、事実俺は敵の目の前で止まってしまった。まるでそこに、透明で見えない壁があるかのようだ。
尚もそこに何度も突っ込んだが、感触は同じ。ぶつかる感覚も引っ張られる感覚もなく、突如として全ての動きを奪われたかのようだった。
「
敵から距離を取り、今度は地面を勢いよく蹴り、弾丸のような蹴りを見舞う。
今度はピタリと止まることなく、足は敵に当たった。だが、腕に簡単に止められてしまう。
そのまま流れるようにして、蹴りを何発も見舞う。どれも片手で簡単に止められてしまい、改めて自分と敵の力の差を思い知らされる。
「
二つ目の血管が、体の隅々にまで行き渡るイメージ。全身に力が篭り、更なる躍動に向けて肉体は更なる強化をもたらされる。
始素が、始素が、始素が。始素がががががががわんさかわんさかと出てくるぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ_____!
「
りりりりりり理性がふっっっっっっっ飛びそうだ。
ああああ、ももも、もうふっと ん だ あ?
何度目か分からない、色んな感情がごちゃ混ぜになった状態の頭の中。
右の反対が上になって、下の反対が左になったかのよう。朝にこんばんは、夜にこんにちわ、昼におはよう。
(ああああああああたたたたたたた太陽って北からノぼルんだッケ?あああ
ああああああああたたたたたたたべおわおわおわおわっったたららららばいばいまたあしたたたたたたたたた)
スパコーーーん。
ものすごくいい音が響いた。
それはもう、側から眺めていたロザリアが見ても、鮮やかだと言わざるを得ない、芸術的なまでのぶっ飛ばされっぷりであった。
拳が思い切り俺の頬にのめり込み、表情が高機能のカメラのスローモーション撮影であればきっと爆笑できるような変顔に変形した。そして変形した勢いそのままに、人の体一つがオリンピック体操選手ですら嫉妬するほどに鮮やかな軌道を描き吹き飛ぶ。
俺の体はロザリアのログハウスに思い切り激突し、丸太でできた天井部分を貫通した。
頬を打った拳の感触。それは_____なんだか_____とても懐かしい痛みだった。
『……お前の出番は終わりだ。失せろ』
懐かしい声も聞こえた。
この声の主が誰か、よく覚えていない。そこまで仲良くなったやつの声ではなかったように思う。
でもこの痛みのおかげで_____俺は、すごく安心できたんだ。
_____ぶわっと、涙が零れた。
__________
「……案外、よく泣くんだな」
「……きり……ぎり」
霧切が、俺を見下げている。
涙と血のせいで視界がぼやけているが、眩しいまでの金髪だけはやたらと目に入る。西に沈みかけている夕日のせいもあり、俺は中々目を開ける気になれなかった。
「……まただ。また、我を忘れた」
「あんだけ『戦いたくない』って泣いてたくせにな」
霧切は、俺を慰める言葉などかけてくれない。
でも、これでいい。霧切は、いきなり生優しい言葉をかけてくれるようなやつじゃない。その方が、安心できる。
「なぁ」
「俺ってさ」
「何……考えてんだろうな」
意味不明な質問を空に向かって飛ばす。飛ばされた質問は、重力で返ってくることはない。まるでヘリウムガスの入った風船のように、夕日に照らされそうな空に、ただ消えていくのみ。
「俺さ……本当に二宮を助けに行きてぇよ。絶対に、なんとしても」
「でもさ……戦うのも、やっぱり嫌だし……でも……戦うと、楽しくて楽しくて仕方がなくなってしまう……」
「その上……あわよくば死ねたらいいな、なんて……思ってたりもするんだ」
相反し、関係もなく、無軌道な、混沌とした_____まるで宇宙を
それが、頭の中という宇宙を何周も何周もしている。そして偶に_____衝突しあって、火花を撒き散らす。
「助けに行きたいけど戦いたくなくて、でも戦うと楽しいしそのまま死にたい……か。なるほど、意味分かんないね」
「霧切が言う通り……俺は本気じゃないのかもしれない。もう……何をしたらいいのか、分からない」
いつの間にか、涙は止んだ。代わりに、空気の冷たさを感じる。俺が寝転がっている木材の硬さを感じる。
_____ああ、そうか。
もう、俺から出ていくものは何もない。涙すら出ず、言葉も出ない。発露する感情もない。
_____俺はやっぱり、とっくに死んでたのか。
_____あの砂漠で自分の胸を貫いた時に。
_____いや、多分もっと前。多分、この髪が白く染まった時に。
耐えられないほどに強烈な体験によって、きっと______葉村瑛人は、とっくに死んでいたのだ。死んでもなお命だけは残って、周囲の人と共にいながら、彷徨う亡霊のように流されていただけだ。
「……分かったよ、俺の負けだ。降参する。俺はもう……何もしない。俺はとっくの昔に_____死んでたんだ」
「ダメだ。立て」
また、同じことを繰り返している。
そういえば、こんな風にして生きてみようと思ったことも、あったっけ。
「……お前が行くなっつったんだろ」
「助けに行かせないとは言ってないよ。本気じゃないならやめとけってだけ」
「じゃあやめとくよ。本気になんて、なれないんだから」
胸ぐらを掴まれ、無理やり立たされた。
「瑛人。君は一つ、大きな勘違いをしている。矛盾した感情に囚われていることを君は嘆いているけど……そんなのは当たり前だ」
宝石のように輝く碧眼が、やたらと眩しく見える。
「人は矛盾した生き物だ。生きたいけど死にたい、戦いたいけど戦いたくない、嫌だけど好き_____そんなことは、いくらでもある。そしてその矛盾っぷりに悩み苦しみながらも_____人は、今この瞬間を全力で生き抜く。そんな時間を何十年と過ごす」
俺はもう、二本の足で体を支えることすらできずにいる。ふらふらと、霧切に掴まれながら朧げに声を聞くのみ。
「そして最後死ぬ時、自分の人生を振り返る。そして、大半の人は後悔するだろう。もっと努力していれば、もっと勇気があれば、もっと賢明でいれば_____もっともっと、やりようがあったはずだと後悔を遺して、死んでいく。自分の矛盾っぷりを、愚かさを、無力を嘆きながら、どうして自分は完璧じゃなかったんだと悔やんで、死んでいくことだろう」
霧切はまだ生きているが、死生観に詳しかった。恐らくは_____最強として戦ってきた中で、何度も何度も、誰かの死を看てきたのだろう。
「でもそれは、悲劇なんかじゃない。誰だってそうなんだ。最後に悔いを遺して_____そしてそれを、今を生きるものたちが受け継ぎ、その後悔を繰り返すまいと、また明日を生きる。そしてその悔いを晴らそうと努力し_____いつか解決されていく。そうしてゆっくりと、死者の無念は忘れ去られていくんだ」
霧切が、もう片方の手で俺の肩を掴んだ。襟を掴まれぶら下がった状態ではなく、俺は無理矢理二本の足で立たせられる。
「で、君は?君は何を遺した?何を後悔している?」
「俺は…………」
「既に自分は死んでいると言ったな。君の死に様は、後悔の残らなかったものだったかい?何の不満もない、絵に描いたような大往生だとでも?」
後悔。不満。
それは_____ないとは言わない。あるには、ある。
例えばそれは、中断されてしまったシルヴィアとの旅だったり。
あるいは、突如として奪われてしまった二宮との日々だったり。
もっと言葉を交わしてみたかった者もいるし、もっとよく知りたい者もいる。
思えば、俺はまだ、色んな人に感謝を伝えていない。それは何も異世界で出会った人たちや魔術師だけではない。俺が続けた孤独な旅の中で俺によくしてくれた人たちもいた。彼らの名前はよく覚えていないが、こんな風に忘れていい人たちではない。当時の俺にとっては目標まで通過点でしかなかったが_____今思えば、彼らがいなければ、とっくのとうに俺は諦めて生きる道を失っていたかもしれない。
二宮との日々の中でも、行きつけ先になったお店の人々や近所に住む人たちの優しさを受け取った。近所に住む老夫婦などは、特製の調味料や畑で採れたオレンジを山のように分けてくれた。行きつけの精肉店の店長は、ただ買い物に来ただけの俺を引き留め、身の上話を三十分近く俺に聞かせていた。話は長かったが、面白かったので退屈しなかった。
いや、異世界の人たちや魔術師の人たちにも、ちゃんと感謝を伝えられているかは微妙だ。異世界で俺を守ってくれた鬼、そして俺を止めてくれた白い騎士。そして、こちらの世界に戻ってからの俺によくしてくれた色んな魔術師。彼らもまた様々な事情はあれど_____俺によくしてくれていた。
俺は彼らに応えられただろうか。いや_____俺が大切にした二人の彼女/彼女にも、ちゃんと、もらったものを返せただろうか。
「……俺は……やっぱり何をしたらいいか……分からない」
「でも……やりたいことは……ある」
「ある……在る……たくさんある……!」
いつの間にか、俺は手で霧切の肩を掴んでいた。
「もっとシルヴィアと旅をして……もっと楽しくしていたい……!
もっと二宮と……二宮と、楽しい日々を過ごしたい……!
もっともっと、みんなに恩返しして、それで……みんなと一緒に……生きていたい……」
「何もするべきじゃない……俺は何もするべきじゃないんだ……!でも……やっぱり……寂しいのは、嫌だ……!」
「戦いたくないけど、助けに行きたい。死にたくもないし、生きていたくもない。全部嫌だ、嫌だよ。でも……寂しくなるのが、一番嫌だ…………!!!」
「寂しいのは、嫌なんだ……」
「……それが、君の悔いか」
霧切が俺を放す。
俺は、ちゃんと自分の足で立てた。
ふらつかず、しっかりとその地面を踏み締めて。
「スッキリした?」
「……うん」
「……やけに素直だね。いつもみたいに『うるせぇ』とか言わないの?」
「言わない。ありがとう、霧切」
俺は、霧切の横を通り抜けていった。
ため息を吐きながら俺を待ってくれていたロザリアの元へ向かう。
「晴人、言っとくけど後で絶対弁償させるからね」
「いいよ。僕好みにカスタマイズしてもいいかい?」
「弁償ついでに事故物件にされたらたまったもんじゃないわよ」
俺はまだ体のあちこちに傷が残った状態であり、側から見れば戦いに赴くにあたって万全であるとは言い難い。だが、内面の変化はこれ以上ないほどに俺の姿勢を万全なものにしてくれた。
「……瑛人!」
ロザリアが作った波紋に入る前、霧切が後ろから呼びかけてきた。
「_____気をつけて」
「_____うん」
たったの一言での、深みのない会話。
それだけだというのに_____二人の間を、途方もない量の情報が行き交った。
波紋を通り抜け、第一の任務_____二宮救出に向け、俺は向かった。
__________
瑛人を見送った後のこと。
「さて……出てこいよ、ストーカー」
霧切が虚空に話しかけると、どこからともなく人影が現れた。灰色のローブを羽織り、顔が見えなくなった人物が二人。
霧切がその碧の目を向けると、二人はローブから顔を出した。
小さい方はまるで万華鏡のような不思議の目の模様をした女だった。紫色の髪をショートボブの長さに揃えた、高校生くらいの年齢にしか見えない少女である。
大きい方は焼けた肌がよく似合う、ゴーグルをかけた男だ。茶髪をオールバックに撫で付けた、まるでビジネスマンのような格好の男である。
「君ら二人が、僕の足止め役?」
「ええ。付き合っていただけるようでホッとしました。フラれたらどうしようかと」
少女の方が、霧切の質問に答える。
やはり高校生程度の年齢としか思えない、幼い声だ。
「立ったまま長話するのも疲れますし……良かったら、少し運動していきませんか?」
「へぇ、君が付き合ってくれるの?嬢ちゃん」
「ふふっ、まさか」
そして、二人がローブを完全に取った。
少女の体も男の体も_____両方とも、奇妙な機械で覆われている。
「あなたのお供をするのは、この筋肉だるまです」
「おいフェリィ、口が悪いぞ。その言葉、今後は使うな」
「お断りいたします。それでは頼みましたよ_____イカリオ」
二人が名前を呼び合った途端、フェリィという少女が膝を突き、地面に手で触れた。そして地面に巨大な魔法陣が描かれ、少女の始素が周囲を覆っていく。
それと同時に、イカリオという男の拳が霧切の眼前に迫っていた。そしてそれを、霧切は特に苦もなく手で受け止める。
「……化け物め」
「いや、悪くない攻撃だよ。初手でいきなり、魔術殺しを使うなんてな」
イカリオの腕には、不思議な布が巻かれている。そこから流れ出ているのは、目に見えるほどに濃密な気配を纏った始素だ。だがその始素は、霧切の知るものとはやや異なる。
「面白い……負の感情に起因する始素の変質を極限まで高めた結果得られる力か。瑛人から異世界の魔術について聞いていたけど……なるほど、これが呪術ってことか」
「ご明察。もう少し遊んでみるか?」
「是非お願いしたいね」
反撃に転ずるべく、霧切が一瞬にして三発の打撃をイカリオに打ち込む。腕を交差したことで防御には成功するが、イカリオにとっては体の芯まで響くほどの打撃である。しかし打ち込んだ側も何もないわけではなく、霧切の手には妙な感覚が残ることになる。
「へぇ。攻撃した相手を無差別に呪う呪詛ってところか。並の魔術師なら、一瞬で体が腐り落ちるだろうね」
そう言いながらも、霧切はそれをただ手を振っただけで呪詛を落としてしまった。
「やれやれ……フェリィ、結界は?」
「構築は既に完了しております」
フェリィの報告を受け、イカリオはさらに力を引き締める。
全身から始素が静かに立ち込め、たちまち落ち着いた。それは霧切が瑛人に教えた、始素による身体能力教科の手法である。だが、その練度・精密さは比べものにならないほど高い。
「なるほど、あんたも魔人か。始素の生成量が尋常じゃない」
「そういうお前はなんなんだ」
「さぁ、何なんだろうね。魔人なら、ちょっとは楽しませてくれよ。ここ最近退屈だったんだ、ノルマまでは付き合ってやるよ」
まるで、フェリィとイカリオのやろうとしてることなどお見通しとばかりに微笑む。虎を思わせる凛々しい表情に笑みを浮かべながら_____霧切の戦いが始まった。
__________
【大型界震反応が確認されてから、38分後】
「霧切晴人が最後に確認されたのは、サンフランシスコにある住居です。これ以降、彼からの音信は途絶しています」
魔術師にとっての最大戦力の、突如の喪失。
この衝撃は、防衛本部室を一時的に凍り付かせることになる。
とはいえ_____『最強』への信頼は、簡単に揺らぐものではない。
「恐らく、何かの事情で連絡を絶っているか……あるいは_____」
「敵の足止め、かしらね」
アルラは冷静に分析し、事実を言い当てていた。
「晴人が負けることはあり得ない。もしそんな戦力が存在するのなら、あたしたちが負けることは確定するからね。そんなことを考えていてもしょうがないだろう。ならば、可能性の中で最も悲観的な可能性_____すなわち、敵にとって意図的に霧切晴人とが引き離されている可能性を考えて作戦を立て直すべきだ。違うかね?」
「_____!承知いたしました!」
アルラの指摘通り、霧切が何らかの事情によって敗れることは、例え可能性としてあったとしても、それを意識したところで意味のないことなのだ。例え全ての魔術師がありとあらゆる手段を尽くしたとしても、霧切を負かす戦力に対してはなす術がない。ならば、それ以外の可能性の中で最悪の可能性に備えることこそが、実現可能性を考慮した場合であっても最もリスクを回避しやすい選択である。
「よし、ならば_____」
『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇっっっ!!!』
突然、司令室に甲高い叫びが響いた。あまりの声の大きさに驚き、何人かのオペレーターが転んでしまった。
『霧切がいないってマジ?!マジで言ってる?!』
「キャシー!うるさいよ、あんた!その声、全部隊に届いているんだからね!」
声の主はキャスレイン・アルタイル。防衛軍の四番隊隊長を務める、閣族最強の魔術師。ふわふわとしたピンク色の髪を
キャスレインが現在いるのは、四番隊が集結している砂漠の中の防衛拠点。そこにはキャスレインが認めた腕利きの魔術師が揃っている。
『霧切がいないなら、ウチらの出番だ。おいオペレーターども!ウチらを
「……キャシー、あんたまさか」
アルラですら頭を抱えるほどの問題児、それがキャスレインだ。だが_____その強さに裏付けられた実績は、あらゆる不信を許さない。
『おうとも!残りの三拠点は、全てウチらで引き受ける!他の部隊の腰抜けども、ウチの勇姿をおしゃぶり咥えて眺めてろ!』
オペレーターたちは困惑のただ中にあったが、アルラが答えを出した。
「いいだろう。四番隊に第42、48、52号拠点全ての防衛を任せる。暴れなさい、キャシー」
『よっしゃぁっ!話が早くて助かるぜ、婆ちゃん!』
こうして、界震反応が発生してから一時間以内に、全ての部隊が戦場へと展開する。アルフォンスが担当している咲美ヶ原市でも順調に市民の避難が進み、戦いに備える魔術師たちの士気も高い。
(キャシーの声、うるさっ)
高台に拠点を設け街を一望していたアルフォンスは、考えを巡らせていた。
(反応強度2400を上回る界震反応……。ここには、一体何があると言うんだ?)
アルフォンスが考えていたのは、咲美ヶ原が敵の目標となる理由である。この周囲には始素の残滓もなく、魔術的にも大きな特徴はない。戦略的に考えて、敵がここを攻めるというのは合理的な手段とは言えなかった。
(二宮一葉は既にここを去っている。それ以外の要素で、この場所に何かがあるとでも言うのか……?)
思考を巡らすが、結論は出ない。とは言え、それらは全て戦いが終わった後に考えればいいことだ。
(今は余計なことを考えるな。とにかく敵を殲滅することに全神経を注ぐ_____!)
__________
「あのさ、思ったんだけど」
「何ですか?」
暗い軍用輸送機の中、侵略者の首魁_____ブラニートが秘書であるジーナスに話しかけた。
「ぶっちゃけさ、俺が指揮官である必要ってなくない?」
「団長……まだそんなこと言って……」
「だって嫌なんだもん。早く帰って絵でも描いてた方が楽しいよ」
ジーナスはため息を吐くが、ブラニートの言わんとしていることが分からないわけでもない。実際、今回の作戦では指揮官であるブラニートの出番は少ないのだ。
「最後まで仕事はこなさないとダメですよ。今回の遠征は、過去に類を見ないほど大掛かりなもの。団長の能力への信頼があったからこそ、指揮を任されているのでしょう」
「つってもなぁ。俺が育てた第七軍団の戦力を使うわけじゃねぇから、やる気が起きん」
今回の遠征で使用される輸送機は、合計七機。その中には、ブラニートが育て上げた第七軍団の兵士はほとんどいない。その主戦力は_____過去に使われたことのない、新戦力である。
「おまけに_____帝国最強戦力がお出ましと来たら、作戦もクソもないじゃねーか。ただ『突撃』って言う以外、俺の仕事ないんだし」
「団長、真面目にやってください。一体何のために、彼を預かったんだと思ってるんですか」
ジーナスが目を向けた先にいるのは、ジグゾーパズルで遊ぶ少年である。
名をカイリと言い、今回はブラニート直下の配下として作戦に参加している。しかし、この少年が一体何者なのかはブラニートですらよく知らないのだ。
「お姉さんの言う通りだ!僕を預かってるんだから、少しくらい責任感感じなよ」
「テメェに言われなくねぇ。ガキが室内に閉じこもっていると性根が腐るってのは本当らしいな」
「そりゃ、こんな狭いところに二週間もいたら性根も脳も腐るでしょ。着いたら思いっきり遊ばないと!」
カイリは屈託のない笑みを浮かべるが、その奥にあるものをブラニートは見逃さなかった。
(コイツはやばい。生まれてからこのかた______こんなにも純粋なやつなんて見たことがねぇ)
純粋。ただし、それがどんな純粋なものであるかは分からない。純粋であるが故に信頼できることもあれば_____純粋だからこそ恐れるべきものもある。
「まぁ、お前は俺の命令を守っている限りは好きにしていいぞ」
「よっしゃあ!ありがとね、おじさん」
カイリは、何時間もかけて試行錯誤の果てに完成させたジグゾーパズルを、喜びを表現するためだけに、何の躊躇いもなく破壊した。
まるで、それまでの自分の積み重ねなど、何の価値もなかったかのように。側から見ているジーナスも、その不気味さを感じているようだ。
気を逸らすように、ブラニートは手元のタブレットに目を通す。観測器具から今から向かう場所の情報を得ているのだが_____概ね、当初の予定通りである。
「そりゃ、デカい反応を何個も作ったら総力戦に出るよな。精鋭の魔術師がお出迎えしてくれるぞ」
敵が全力で構えている。本来であれば奇襲にすべき侵攻作戦は、それがバレて敵に備えられた時点でかなり苦しい戦いを余儀なくされるだろう。
だが_____今回ばかりは違った。
「読み通り、敵は全力で防衛体制を敷いたな。ひとまず、最初の目標は達成だ」
大規模侵攻の開始まで_____もう間も無く。
二つの世界の英雄 八山スイモン @x123kun
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。二つの世界の英雄の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます