第35話 The chaos invasion ②


「じゃあ次に_____君があの世界に行く方法について」


 ロザリアはノートの上に、世界の柱エゼルティアと思わしき両円錐形を描いた。絵もかなり上手いので、天才なのは本当かもしれない。


「異世界に行く方法は二つ。一つは侵攻を終えて異世界に帰っていく侵略者たちに便乗する方法。ただこの方法を使うには、侵略者たちにできるだけ大きな『道』を作ってもらわないといけないから、侵略を成功させないいけない」

「その方法は論外だ。二つ目を頼む」


 少し前までの俺なら、侵略によってたくさんの人が犠牲になるのを見ても、さしたる心の痛みも感じなかったかもしれない。あの時は、自分の目的以外ひたすらどうでもいいと思っていたから。

 だが、今は違う。平穏な日々を手に入れ、守るべきものが増えた。俺は、罪のない人々が死ぬことには耐えられない。


「じゃあ、二つ目。世界の柱エゼルティア最上級階層_____通界閣ワルトシュタインに向かうこと。ここには魔術師の中でもごく一部のものしか行けないよう、特殊なやり方で隠され、そして守られている。ここへの鍵を持っているのは全ての魔術師のトップ_____『総帥』のみとされる」

「じゃあ……アルラの婆ちゃんにお願いしないといけない……のか?」

「いや、無理だね。あの婆ちゃん、意志の強さなら最強クラスだもん。君にここを教えていないってことは、最初ハナから隠す気満々ってことだし」


 アルラは、本当に優しい人なのだ。俺だけでなく、全ての魔術師から尊敬され、敬愛されている。普通、組織のトップに立つのであれば、一定数は妬みや恨みを買うこともあるだろう。だが、どんな人であっても、アルラにだけはそんな感情を抱いていなかった。実際に何度も話したことのある俺にとっても_____アルラが隠し事をしていたということはあまり信じたくない。隠しているのだとしたら、それはきっと_____


「ってことで、裏口を使う。世界の柱エゼルティアのセキュリティに真正面から挑むことになるけど_____まぁ、このために準備してきたから、なんとかなるわよ」

「準備してたのか?」

「趣味でね。何回かあそこのセキュリティを無理矢理突破しようとしてバレて、散々追いかけ回されたことだってあるわよ」


 しれっと言っているが、この女……もしかして……


「……ロザリア、もしかしてお尋ね者なのか?」

「……いや、まぁ……私はもう世界の柱エゼルティア所属の魔術師じゃないから……勝手なことはしちゃだめだよー……的な?」


 ロザリアの目は明らかに泳いでいる。やっぱり、天才ではないのかもしれない。

 ジト目で睨み続けたら、思いの外簡単に吐いた。


「向こうの認識としては、勝手なことするいたずらっ子、って感じ。私は別に魔術師に敵対するつもりはないし、現に敵対してもいない。でもまぁ_____今回のことがあれば、私は確実に敵対することになるわね」

「……それは」

「君のせいじゃないわよ。私はね_____君にちゃんと、あの世界に再び行ってほしいの。でも、魔術師たちはそれを絶対に認めない」

「それが分からないな。アルラの婆ちゃんは、なんで俺に隠していた?魔術師たちは、俺をどうしたいと思ってるんだ?そして_____なんでロザリアは、俺を送り出そうとするんだ?」


 どうしようもなく大きな動きが起きていることは分かる。そして、俺がその渦中にいることも理解している。

 だというのに_____このもどかしさは一体なんだろうか。俺の周りの人は、一体何を考えていたというのだろう。

 『分からない』。これに勝る恐怖が、かつてあっただろうか。


「それは……今は言えない。今はまだ、然るべきタイミングじゃない」

「お前……」

「隠してて悪いね。でも_____君はこんな事情を一切知らなくていい。知ったからといって、君がすべきことが変わるわけじゃない。君はそんな大人の事情なんてぜーんぶ無視して、なんとしてでもシルヴィアに会いに行かないといけない」

「…………っ」


 その名前を出されたら、俺としても引き下がるしかない。なんとも狡い女だ。


「んで、二宮一葉を救出した後、すぐに世界の柱の中に侵入する。魔術師たちも防衛のために世界の柱エゼルティアを引き払うだろうから、監視の目は緩いはずよ。この隙を活かし、一気に通界閣ワルトシュタインまで到達する。ここは私の頑張りどころね」

「……そんなに、首尾よく上手くいくのか?」

「んなわけないじゃない。二宮一葉を助ける時は、当然だけど侵略者と戦うことになる。もしかしたら、君を一撃で倒した男と戦うことになるかもしれない。それに、世界の柱のセキュリティも甘く見ない方がいいわ。途中で魔術師と戦うことになるかもだから、それは覚悟しておいてね」


 ロザリアはこう言うが、それでも頭の中には次から次へとネガティブな想定ばかりが思い浮かんでくる。失敗したらどうするかという考え方が、頭から消えない。

 だが_____そんな感情は、後から込み上げてきた感情によって塗りつぶされた。

 怒り、使命感、後悔、歓喜、期待。

 臨界点まで達した感情は、もはや俺に後退を許さないところまで来ている。


(俺はただ_____全力で戦って、助けにいけばいい。そうすれば、大丈夫だ)


 自分をそう落ち着かせ、席を立つ。


「……分かった。ありがとう、ロザリア。俺はもう_____」


 そこまで言って、口をつぐむ。

 ロザリアが空を見上げ_____明らかに焦燥感を漂わせた表情をしていたからだ。


「……ああもう、これだから……!」

「どうしたんだ?」

「話は後!すぐに出発だよ、こっちに来な」


 ロザリアは慌てて椅子を蹴って、外にあった石板の上に立った。

 そして手にした鍵_____不思議な紋様の彫られた金属片を虚空に翳し_____まるで水面にできた波紋のようなものが生まれる。


「早く入って!」

「え?え?」

「ああ、もう……もう来やがった……」


 ロザリアが空を見上げている。それに釣られて、俺も空を見上げた。

 そこには_____見慣れた人間が、空中に浮かんでいた。


「……霧切、晴人……!」


 最強の魔術師が、そこに浮いていた。





_________




 

「……霧切」


 いつも通りの、ヘルメット姿。だと言うのに_____なんだか、怖気がする。

 それは、俺が今から霧切に黙って_____彼が許さないであろうことをしようとしている、俺自身の罪悪感から来るものなのかもしれない。

 ロザリアの言う通り波紋のような穴に入っていき、いつでもそこから逃げ出せるようにする。だが_____このまま背を向けて逃げてしまっていいのか、迷った。


「早くしなよ。亜空間に入れば、霧切晴人でも干渉はできない」


 霧切は緩やかに降下し、俺と同じ地面に立った。

 瞬間_____息が止まった。


「_____ぁっ……?!」


 慌てて息を吸おうとしたら、何の問題もなく呼吸ができた。手を動かしても、支障はない。体には、何の不調も見られないが_____なぜか、こちらに歩み寄ってくる霧切から目が離せない。


「……何してるの?!このままじゃ……」

「……分かってる……!分かってるけど……」


 なぜか_____体が動くことを、拒んでいる。

 まるでそれは_____起きることを拒む、寝起きの微睡まどろみのような。

 まるでそれは_____蛇に睨まれた蛙よろしく、身がすくんだかのような。


「……ダメだよ、瑛人」


 気づいた時には、手が届くほど目の前に、霧切がいる。

 いつのヘルメットと、ラフなスーツ姿。だと言うのに_____こんなにも、恐ろしい。


(何なん……?何事もなかったかのように私の結界通り抜けないで欲しいんですけど……)


 ロザリアの張った結界は、例え界震反応による始素漏れであっても完封するほどの優れものだ。魔術師たちが総力を上げて作ってきた防衛拠点の結界に匹敵するか上回るほどの強度であり、一人の魔術師に突破できるようなものではない。

 だというのに、まるで結界などなかったかのように、霧切は平気でそれを抜けてきた。結界は霧切にも正常に作動しているはずなので、常識外の方法で突き破ってきたと見るべきだろう。

 それに_____ここまで近づかれてしまえば、もう逃げる術はない。


「二宮ちゃんを……一葉を、助けにいくのかい?」

「……ああ、そうだ」


 霧切の気迫にたじろぎつつも、その気迫に呑まれぬよう必死で言葉を続ける。

 今の俺はきっと、叱りつけてくる親に反抗する子供のようであることだろう。


「……二宮は、俺の目の前で攫われた。俺はその時……何もできなかった。嫌なんだよ、そんなのは……このままだと、俺は後悔で頭がおかしくなる……!」

「その結果、死ぬことになるって分かってても?」


 言われて初めて気づいた、俺の心の内。

 霧切はいつの通りの_____何でも見透かしているかのような態度で、俺に接してくる。


「分かってんでしょ。瑛人が追おうとしてるのは、瑛人を殺せるくらい強い奴らだよ。君はまた_____死ぬと分かっていることに突っ込もうとしている。そこのお前も、それを承知で瑛人を連れていこうとしてるだろ」


 ヘルメットで隠れた霧切の目が、真っ直ぐにロザリアを向く。目が見えないと言うのに_____視線を受け取っただけで、背筋が凍るような気迫を感じた。


「……へぇ。意外と優しいんだね_____晴人」

「お前の親切心は、いつもどこか抜けてるんだよ。瑛人にどんな道を歩ませるつもりだ_____ロザリア」

(この二人、知り合いだったのかよ……)


 思えば、言わないといけないことを全然言わなかったり、どことなくムカつくところだったり、確かに似ている気がする。霧切の顔を知らないので年齢は分からないが、話す様子を見るに同じくらいの年齢なのかもしれない。


「君こそ、彼に色々なことを仕込み続けていたようだけど_____何が目的なの?」

「僕はお前と違って、人を利用するようなことはしないんだよ。まぁいいや、僕が会話したいのは_____瑛人、君だ」


 霧切が近づいてくる。思わず足が一歩後ろに退がる。静かで長閑な周囲の音が、やたらとよく聞こえる。

 

「ぶっちゃけ訊きたいんだけどさ、瑛人って本当に一葉のことを助けるつもりあるの?」

「______は?」

「心の底から、本心で助けたいって思ってる?ほんの少しでも_____嫌だなとは、思わなかった?」


 思わず、手が出た。霧切のスーツの襟を掴み、思い切り引き寄せる。

 

「俺は……俺は本気だ。本気で二宮を助けたい。二宮を取り返して_____」

「いいや、本気じゃない。本気な奴は、そんな風に自分に言い聞かせたりしない。本気な奴は僕にビビったりしないし、こうして僕に怒ることもない」

「…………」


 襟を掴まれながらも、霧切は平然としている。そして俺は、霧切に言われたことを否定できずにいた。

 自分のことなのだから、分かる。確かに俺は_____本気じゃないのかもしれない。

 _____いや、そんなはずはない。ふざけるな。こんなに強い思いが本気じゃないなら何が本気だと言うんだ。こいつはいつもの通り、口から出まかせで俺のことをたぶらかそうとしているだけだ。

 _____いや、でもそれはおかしい。俺が本気で二宮を助けにいきたいなら、いちいち霧切の言葉なんかで怒ったりしないはずだ。質問されたら、「本気だ」と一言言えばいい。だというのに_____俺はどうして、ここまで怒っている?

 焦燥、困惑。襟を掴む力も、段々と弱くなっていく。


「……ダメだな」


 霧切が、ポツリとそう呟き_____一瞬にして、俺の視界がグルグルと回った。

 腹を衝撃が貫き、背中が森の木々を薙ぎ倒していく。体が止まった途端に、やや遅れて強烈な痛みが体を襲う。


「がっ……はぁ……」

「今の瑛人を連れて行かせることはできない。無駄死には、させたくないからね」


 そう言って、霧切は吹き飛ばされた瑛人の元へと向かう。


(クソッ……ここで晴人が介入するのはにない……!)


 もし霧切が立ちはだかってしまえば、正攻法でこの局面を打破することはできない。ロザリアにできることは、精々が瑛人を見守るくらいである。


(いや……それとも……これが……)





_________





「……これで、ぶっ飛ばされるのは二回目かな」


 激痛に耐えながらも、精神力でその痛みを消していく。ここ数ヶ月間の修行で始素の操作方法、そして魔人となった肉体の操作についても技能を格段に向上させた。ちょっとした切り傷や炎症程度であれば、今の俺なら気合いだけで治すことができる。

 とはいえ、ダメージを受けることには変わりない。俺は修行の中で身につけた戦い方を思い出し_____全身に始素を張り巡らせる。


「うん、いいね。修行の成果はきちんと出てる」


 何を言おう、俺にこれを教えてくれたのは、今対峙している霧切本人である。

 始素を体外に放出することなく、肉体の内側の隅々にまで行き渡らせる。毛細血管を通り、極小の細胞の一つ一つにまで、湧き出る力を通すイメージ。針に糸を通すような精緻な始素操作技術があって初めて成り立つそれは、身体能力の大幅な上昇を可能にする。


「でもまぁ……心の持ちようがダメダメだ。来なよ_____試験の時間だ」


 手招きで俺を煽る霧切。実に三ヶ月ぶりとなる_____霧切との、本気の戦いだ。

 以前と違い、今の俺の戦闘技術は格段に向上している。地面を蹴り、一気に距離を詰め_____たりはしない。

 魔術を使う敵との戦いとは、単なる攻撃・防御・回避だけで終わる単純なものではない。目に見えるほど遠いところから攻撃ができる者もいれば、防御・回避不能の攻撃をする者もいる。アルフォンスがやったように、こちらが攻撃することがトリガーとなって敵の魔術が発動することもあれば、近づいた瞬間詰まされる魔術を使う者もいる。

 魔術という概念は、人が抱いたイメージの数だけ増え_____その分、戦いの選択肢も劇的に増加することになる。だからこそ、ありとあらゆる事態を想定する思考力と、すぐに優先順位をつける判断力が不可欠となる。

 そのための基礎的な戦い方を、俺は霧切からじっくりと学んできた。


(初手は素早く、そして慌てずに敵の意表を突くことに全神経を注ぐべし!)


 距離を詰めた後、霧切の手前十メートルほどのところで思い切り地面を踏み抜く。地面が割れ、霧切が立っていた場所も衝撃で崩れた。さらには土煙も上がり、いい煙幕になる。

 その隙に石を二つ握り、霧切に投げつける。これをフェイントとして、真正面から突っ込むことにした。戦いに熟練した者ほど、背後への警戒を怠らない。無理して背後を取ろうとせず、ここは正面から行った方が得策である。

 石の投げつけも、俺の膂力であればライフルで打ったくらいの威力になる。だが、霧切にはほとんど効かない。音速並みに速い石礫を、特に困る様子もなく手ではたき落としている。

 だが、ほんの一秒でも隙ができれば十分だ。石礫をはたき落とした霧切に対し、両足を使った跳び蹴りを見舞う。左足で顔面を狙った後、右足で胴体を穿つ蹴り技。顔面を狙われれば、それを守らずにはいられないのが人間の性である。そして顔面をガードした隙に、胴体を本命の右足で穿つのだ。

 しっかりと計算された初手の攻撃。相手が戦いにそこまで慣れていないのであれば、これだけで大きなダメージを入れることができる。

 だが_____相手は、この技を教えた張本人。易々と欺くのは、今の俺にはまだ早かったらしい。

 霧切はそんな俺の攻撃を、軽く横に跳ぶことで易々と回避してみせた。俺の蹴りは虚しく空を切るに留まる。


「敵が動いていない前提で立てた動きは、ちょっと動かれるだけですぐに破綻する。教えてなかったっけ?」

「ちっ……」


 躱されても、極力時間差を置かずに追撃に走る。こうしなければ、再び敵に構える時間を作ってしまうからだ。

 再び距離を詰め、今度は上から拳を振り下ろす。ただのパンチは直線的であるため回避が簡単だが、振り下ろしであれば、威力は下がるが命中率が上がる。とはいえ、一歩背後に下がられれば回避されてしまう。

 しかし、拳を振り下ろしたことで、振り下ろした側の足_____この場合であれば、左足が深く踏み込んだ状態を作り出すことができる。深く踏み込んだ状態から放つは、反対側の腕_____左腕のストレートパンチ。踏み込みによって確実な威力を持った拳が、直線的に霧切の胴体を狙った。

 霧切はまだ軽く一歩退いた状態のままであり、このまま横に跳んで回避することは難しい。


(決まる_____!)


 俺の拳が霧切の胴体に吸い寄せられ_____そして、これまた虚しく空を切った。

 霧切は、体を横にすることで拳を回避していた。


「敵に回避の可能性を残したまま、隙のできる渾身の一撃を闇雲に使わない。これも、教えてはずだけどね」


 攻撃が回避されると共に、ガラ空きとなった俺の胴体に霧切の膝がのめり込む。思い切り拳を振るったことでバランスを失っていた俺の体は、膝蹴りの衝撃によって空中に浮くこととなった。


「ぐふっ……」


 そこまで吹き飛ばされたわけではないが、蹴りの重さが体中にじんじんと衝撃を伝えている。全身に始素による強化を施していなければ、今頃骨が何本かやられていたことだろう。


「なりふり構ってる場合か?僕を倒さないと_____一葉を助けに行けなくなるぞ?」

「…………」


 その一言を聞いて、俺も覚悟を決めた。

 いつもの修行のようではダメだ。やるなら_____殺す気で、霧切にかからなければ。


武装展開アームド刀剣式ソードオプション_____『逆月さかづき』」


 アダプトを起動し、手慣れた日本刀型の形状に切り替える。高密度の始素によって作られた刀身で斬られれば、流石の霧切も手傷を負うだろう。

 そして始素をさらに活性化させ、身体能力の向上を著しい者にする。特に足腰の強化を重点的に行うことで素早い動きを可能にする。

 強化された足で蹴られた地面が爆ぜ_____刀の鋒が真っ直ぐ霧切の首を狙う。剣術の中で最も早く、そしてリーチの長い『突き』。しかし、それはフェイントである。本命は、刀を持って伸びた右手の反対側から現れる、左足での蹴り。

 突きは回避される前提の元、最初から武器を一つ囮にした攻撃を選択した。こうでもしなければ、霧切に攻撃は当たらないだろう。


「_____甘い」


 だが、左足での蹴りは、霧切の右手によって簡単に止められてしまう。まるで動かぬ石垣を蹴ったかのような不動の感覚だった。そして足を掴まれたまま_____左手が腹に添えられる。

 添えられた瞬間、最初に吹き飛ばされた時の数倍は強力な衝撃が俺の体を貫き、俺は数十メートルも吹き飛ばされた。

 そのまま山の斜面に衝突し、瓦礫に山に埋もれることになる。





__________





 視界を取り戻した時、目の前には霧切が立っていた。

 俺はというと、ぜぇぜぇと息をしながら、瓦礫の中で寝ている。


「……痛ぇ」

「起き上がれない?もう降参?」


 上手く体を動かせない。血が吐き出される。身体中がじんじんする。

 砂利が口の中に入ってしまい、ぺっぺと吐き出す。だが、口の中のしょっぱい感覚は抜けない。おそらくこれは、血の味だろう。


「ほら、どうした。君を殺すやつは、今この瞬間にも、君の頭蓋を打ち砕くかもよ?あるいは首を刎ねるかもしれないし、あるいは胸を串刺しにするかもしれない。体を真っ二つにされるかもしれないし、素手でぐちゃぐちゃにされるかもしれない」

「…………」

「だというのに、なんで立たない?なんで戦わない?あー……やっぱり、諦める?」


 手放したアダプトを霧切が拾い、逆月の鋒を俺の顔の前に突き出した。


「やっぱり、二宮一葉は君にとってそれくらいの人間でしかなかったってことか。なら_____死んでも助けに行くのは、やめた方がいいね」

「……嫌……だ」


 突き出された刀があることも忘れ、俺は体を起こそうと踏ん張る。

 額に刀の先が当たり、血が流れた。

 だが、全身を苛む痛みに比べれば大したことはないと考え、さらに身を起こす。


「嫌だ……俺は……助けに行きたい……。じゃまだ_____きりぎりぃぃぃぃぃぃ!」


 刀の刀身を思い切り手で掴み、引き寄せる。霧切は刀から手を放し後ろへと退いたが、それよりも一歩早く俺が起き上がった。

 手と額から血が溢れることも気にせず、俺はまるで肉食獣が噛み付くかのように、霧切に襲いかかった。血を流していない左手で掴みかかろうとするが、その手は霧切によって握られ、止められてしまう。

 だが、攻撃手段は手だけではない。人体で最も硬い部位_____頭部でもって、頭突きをかます。


「ああああああああああああああっっっ!!!!!!」

「__________」


 血を流したまま、その額で霧切のヘルメットを打つ。

 ヘルメットは固く、ガチンといういい音が鳴った。

 血がさらに流れ、ヘルメットのバイザーに血がかかってしまった。

 だが_____初めて霧切に、まともに攻撃を当てることができた。

 霧切が後ろによろめき、俺は頭部の衝撃に耐えられずフラつき、その場に倒れ込んでしまった。

 ぐわんぐわんと視界が周り、さらには目に血が入ったことでさらに視界が薄れ、その気持ち悪さのあまり、吐瀉物を吐き出した。

 血と混ざった醜悪な匂いが口から吐き出され、さらに気分が悪くなる。


「げぼっ……へぁ……うぇっ……」

「やれやれ。貴重なヘルメットなんだぞ、これ」


 霧切が、血のかかったヘルメットを脱いだ。

 ヘルメットが地面に投げ出され、霧切の素顔が露わになる。

 _____それを見上げた時、そこに太陽があるかと思った。それほどまでにまばゆい黄金色が溢れ、着込んだ服の黒さと反することで明るさが強調されている。

 黄金の中には、エメラルドのような色の宝石が嵌め込まれている。よく見ると、それは目だった。黄金よりもさらに価値のある輝きを持ったその目は、真っ直ぐに俺を射抜いている。

 _____それが、初めてみる霧切の顔だった。


「さて……。僕を戦わせてみろ、瑛人」

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