第34話 The chaos invasion ①


 突如、大音量のサイレンが鳴る。

 全ての画面に最大級の警告信号が流れ、一気に全てのオペレーターの緊張感がマックスへと跳ね上がった。


「反応強度、800、900……せ、1374!」

「別座標にて、反応強度1622を確認!」

「さらに別座標でも……反応強度1548と、1266を確認!ウッソでしょ、一気にこんなたくさん?!」

「さらに反応出ます!1681、1498……なっ、これは……!」


 一瞬、数値を見たオペレーターの口が止まる。どんな事態があっても冷静さを崩さないはずの彼らでさえ、計測器具の誤作動を疑いたくなる程度には、絶望的なデータがそこには刻まれていた。


「……反応強度、2453。観測史上、最大の反応強度です……!」

「「「!!!!!!」」」


 世界の柱エゼルティアの防衛本部室の司令は、通信回線を通して他の防衛拠点にも流れるようになっている。一気に緊張感が高まったのは、前線に控える者たちも同じであった。


「あり得ない……反応強度1000を超える大規模な界震が、同時に七ヶ所だと……?」

「反応地点は、第6号拠点、第17号拠点、第33号拠点、第42号拠点、第48号拠点、第52号拠点。そして最大の反応は……これは……」

「どうしたんだい……?」

「反応強度2453が観測されたのは、日本の咲美ヶ原さきみがはら市。_____七年前の、あの場所です」

「なっ……!」


 七年前。

 それは、全ての魔術師にとって大きな意味を持つ言葉。

 決して忘れてはならない、巨大な災害が起こった時のことである。

 一般人、魔術師ともに甚大な被害を出し、その被害は全世界に多大な影響を与えた。長い間魔術師の戦いを見守り続けてきたアルラにとっても、七年前は二度と思い出したくないほどに凄惨な災害であったのだ。

 だからこそ_____それを繰り返さないため、ここまで準備を続けてきた。

 大型の界震反応がいくつも確認されるのは、長い魔術師の歴史を遡っても類を見ない。それほどの大規模侵攻が、今始まろうとしていた。


「『総帥』より全魔術師に伝達_____同時多発襲撃は当初の予定通り、プランA24番にて対応する。事前の指示に従い、速やかに防衛行動に移れ。モタモタするんじゃないよ_____この流れは、だ、何も問題ない!」


 混乱の最中にあった魔術師たちの耳に、アルラの声が響く。

 総司令官たる『総帥』からの、乱れた心を落ち着かせる声が。


「アタシたちは、この日のためにここまで積み上げてきた!何のための努力、何のための準備、何のための日々だったかを忘れるんじゃないよ!大丈夫、アタシたちは必ず勝つ!_____平和な明日を、今日もまた掴み取りなさい!」


 勝利を宣言する、自信に満ち溢れた声。

 その声により、前線の士気は一斉に上がることになる_____!


「防衛軍各隊の拠点転送を急げ!」

「全防衛拠点に臨時結界の展開を要求。限界まで『穴』の展開に妨害ジャミングをかけ続けろ!」

世界の柱エゼルティア内、第28から第52までの大型通路をプランA24番にて開通させます。非戦闘員はただちにシェルター区画に退避してください」

「咲美ヶ原市全体に六十三層の特殊結界を構築_____完了しました!五時間以内に何としてでも全市民の避難を完了させろ!」


 オペレーターたちの必死の作業によ理、着実に迎撃作戦は進んでいく。

 防衛のため、臨時で結成された防衛軍も一斉に動き出し、迎撃体制を整えていった。


『一番隊隊長、パク慈恩ジオン。これより第6号拠点に展開する』

『二番隊隊長、イーゼルリッチ・レブリア。これより第17号拠点に展開する』

『三番隊隊長、ハノーヴ・ランバース。これより第33号拠点に展開する』


 防衛隊の臨時指揮権を持たされた、歴戦の魔術師たち。そのうちの二人は閣族出身者であり、非常に高い実力を有する。

 しかし、七箇所の襲撃地点に対し、用意された防衛拠点は五部隊のみ。今から臨時で舞台を組織するのは、混乱を生みかねない。

 かといって他の戦力を削ぐことはできない。それが、最も大きな侵攻が予定される場所であれば尚更のこと。


『五番隊隊長、アルフォンス・ベルトグレイ。これより咲美ヶ原市への展開を開始する』


 最大の反応が示された咲美ヶ原市の防衛は、アルフォンスの担当だ。この部隊を動かすことはできない。

 残りの三箇所を、これからどうやって防衛するか。しかし、この事態は不測というわけではない。アルラは既に手を打っていた。


「……仕方ないわね。_____第52号拠点の防衛は、で行う。臨時遊撃隊は、第48号拠点に展開しなさい」


 魔術師にとっての切り札、霧切晴人。

 二つの世界のパワーバランスを完全に破壊した、たった一人の『最強』。

 しかし_____


「……うそ……変です……!」

「……?どうしたんだい?」


 オペレーターの冷や汗に塗れた報告は、アルラを含め、全ての魔術師が凍りつくに値するものだった。


「……霧切さんとの音信が……途絶されています。彼を呼び出すことは……できません……!」


 司令官として冷静さを保っていたアルラですら、絶句して言葉も出ないほどの衝撃。

 その原因を知るには_____少しだけ過去に遡らなければならない。





_________





【大型界震反応が確認される5時間34分前】


 俺は一時的に家に帰宅し、荷物の整理を行った。


『もう二度と_____帰らないかもしれないんだからね』


 女の言葉が、何度も脳裏をよぎる。『もう二度と』_____その言葉の意味を受け入れるには、些か時間が必要だった。

 荷物は元から片付いていたが、遠出にスーツケースは無理だ。最低限の持ち物だけをリュックに詰め、身支度を終わらせる。

 これから長い移動と、そして戦いが確定している。できるだけ丈夫で、戦いに支障のない服がいいだろう。選んだのは、霧切との修行で使った『始素スーツ』である。修行用に渡されたこの服には着用した人物の始素を通す効果があり、俺自身の始素を通すことで耐久値が上がるのだそうだ。着込むだけでも耐衝撃・耐熱・防刃・防弾効果を発揮する優れものらしい。真っ黒なそのスーツを履き込み、その上に白いローブを羽織る。このローブはできるだけ身を隠すために必要なものだ。

 そして最後に_____部屋の片付けをした。三ヶ月近く世話になった、大切な俺の居場所を。


「……ありがとう。この家に、救われた」


 テーブルには、霧切への置き手紙を用意した。二宮が攫われたことは、魔術師にとっても一大事であり、それを霧切が黙って見ているはずがない。魔術師たちには独自で動いてもらい、俺は俺で独自で動く。そして戦いの中で、二宮を救い出すのだ。

 霧切からもらった武器『アダプト』をスーツのポケットに仕舞い、万全の体制を整える。

 この武器も、この服も_____思えば、俺は霧切に与えられてばかりだ。一度たりとも、俺が返せたものなどあっただろうか。

 そう思うと、時間を惜しんで、置き手紙に少しだけ文章を付け足した。言いたいことは、今全て書き切るべきだ。


『あの時、俺を止めてくれてありがとう。俺に居場所をくれて、ありがとう。俺に色んなことを教えてくれて、ありがとう。俺にたくさんのものを与えてくれて、ありがとう。俺の味方でいてくれて、ありがとう。あんたは、俺の一生の恩人だ。今度、少しでもお返しができたらいいなと思う』


 拙いが、言いたいことはこれで全てだ。これでもう、悔いはない。


「……さようなら。本当に_____ありがとう」


 ドアを開け外に出る前に、俺は家に誰もいない静まった家に向けて、ペコリとお辞儀をした。


 _____女は約束通りの場所で、バイクにもたれかかりながら待っていた。

 

「……予定より早いじゃん。別れは済んだ?」

「ああ。もう大丈夫だ」


 女のバイクはかなりパンクな見た目をしており、あちこちにシールが貼られてある。相当に大きなものであり、よく見ると車輪が三つ付いている三輪バイクだった。


「っていうかさ、まだ確認してないことがあるんだけど」

「ん、なに?」

「あんた、何者?」

 

 俺も気づくまで何でこれを確認しなかった全く謎なのだが、この女は一体何なのだろうか。話を聞いた感じ、侵略者でもなければ魔術師でもない。だがあらゆる事情を知っていて_____恐らくは、異世界についての知識も身につけている。


「えー、秘密の多い謎の美女ってことで通してくれない?」

「あんたに似たようなのを見たことあるけど、そいつは信用のできないやつだったよ」


 見るからに浮ついた軽薄な態度。自分に対する絶対的な自信。

 そういうところが、どことなく霧切に似ていた。


「あらら。ま、別に隠しているわけでもないし、いいわよ。さっさと座りな」


 女がバイクのエンジンを入れる。途端にブオォンという大きな音をあげ、バイクが発進準備を整えた。俺はそれを、女が俺の要求に同意したとみなし、後部座席に座る。大きなバイクであるため、座り心地は悪くなかった。


「私の名前はロザリア。職業は……そうね、異世界旅行家ってところかしら」

「……旅行家?」

「詳しくは、このバイクを飛ばしながら話すわ、よっ!」





_________





 けたたましい音を上げ、バイクが走り出す。

 その後、バイクはまっすぐ東へと向かった。この道路は、サンフランシスコからラスベガスにいく時に使う道路である。

 それにしてもこのバイク、凄まじい速度だ。どれくらいかというと、二宮の暴走運転に慣れたはずの俺が目を開けることを怖がるくらいには。どうやら俺は、女性が運転する乗り物に恵まれていないらしい。


「あばばばばばぼばぶばばばばばばばばば」

「あははは!扇風機と喋ってる子供みたい」

「ううううううるるるるささいいいいいい」

「そんじゃ、話の続きねー!」


 景色があっという間に視界を過ぎていく。アメリカの高速道路の車は相当なスピードを出しているはずだが、既に何台もそんな車を追い抜いている。本当に危ない危険だ。


「私は元々、この世界の普通の一般人の家庭に生まれた。本当にごくごく普通の、どこにでもある一般家庭。つまり、君と同じってこと」

「……俺と、同じ……」


 今や俺はかなり特異な存在と化したが、元は葉村という家庭に生まれた、どこにでもいる一般的な小市民に過ぎなかった。ロザリアも、それと同じなのだろう。


「でも、私は特別な才能を持って生まれた。この世界には存在しない物質を自分で作り出し、そして操ることのできる才能よ。まぁよくある_____魔術師の才能を持って生まれた一般人ってやつね」


 霧切が言うには、魔術師の家系でなく、一般人の家庭に生まれながらも魔術師の才能を持つ人間が生まれることはよくあることらしい。またその逆で、魔術師の家系に生まれながらも魔術を使わない普通の仕事に就く人もいるのだそうだ。ロザリアは、前者のタイプの魔術師らしい。


「でまぁ、御多分に洩れずに洩れず、中学生になるくらいの時に世界の柱エゼルティアに所属する魔術師が私のところに来て、勧誘しにきたってわけ。私が魔術師になれば、家族にも生活の保障がつくし、この不思議な力を使えるなら、それは私の天職だと思ったから、私は勧誘に応じた。何年間かの研鑽を積んだ後、私は閣族の一つ、有越ありこし家傘下の研究機関に入って、それ……で!」


 ちょうど、バイクの前を走っていた何台もの車を、蛇行運転しながら躱したところだった。圧倒的なまでのバイク運転技術と、めちゃくちゃ危険な運転技術。心配はないのだが、心配すべきところが多すぎる……ロザリアは、そんな女だった。


「でまぁ、私って天才だったから、そこが退屈になっちゃって。そこを辞職した後、普通の一般人として生きながら、密かに自分で魔術の研究を進めてた」

「天才?天才なの?本当に?」

「なーにー?この私を疑おうってのかい?」


 三輪であるためか、高速でありながらもかなり運転は安定していた。とはいえ、これほどの速さを可能にするなど、どう考えても合法的なバイクじゃない。大方、自分で勝手に作った改造品だろう。


「私は本当に天才なんだぞー!そうじゃなかったら、君に選択肢を与えることなんてできなかったんだからね。言っとくけど_____私が作ったものは、君にとっても無視のできないものだと思うぞ」


 ロザリアがその後に続けた言葉に、俺は思わず固まることになる。


「_____召喚術。それが私が自力で生み出した、禁じられた魔術」

「__________」


 召喚術。

 それは、俺がここに至るまでの二年弱の間、探し求め続けていたものの名前。

 もう既に手が届かないと考え、諦めかけていた矢先_____それは、突如として手に届くほどに近くに現れた。


(_____この人が_____召喚術を、生み出した_____?)


 やがて会話が途切れ数時間バイクは走り続け、高速道路を抜けて長閑のどかな農村部に入っていった。徐々に山の元へと近づいていき、簡素なログハウスにたどり着いた。

 

「ここは私が所有する家だよ。家っていうか、どっちかっていうと秘密基地ね。何も感じなかったと思うけど、超強力な結界を張ってたんだよ」


 ロザリアはログハウスの中に入っていった。中を覗くと_____とても家とは思えないほどに、大量のガラクタが部屋の中に転がっていた。

 中には俺が武器として持っている『アダプト』に似た器具や、魔術とは明らかに関係の無さそうな金属片、コンピューターの機材に使いそうな配線などが大量に散らばっている。


「えー、よっこらしょっと。えーっと……あった、これこれ」


 ロザリアは、ガラクタの山の中から一個の金属片を取り出した。よく見ると、非常に複雑な形状をしており、それはどちらかというと……


「……鍵?」

「そ。鍵穴はないけど、私が作った道を通るためのフリーパス権になるよ。これがあれば、今すぐにでも二宮一葉の元に行ける」


 そしてロザリアはログハウスの外にある机の上に腰掛け、鍵を手に持ちながら、俺を手招きした。それに従い、俺も机に向かう。


「さて……まぁ、色々聞きたいことがあるでしょ」

「……もう……何がなんだか……整理が追いつかない」


 思えばここ三ヶ月近くの間、情報量のなんと多い日常を送ってきたことか。

 最初に初めて世界の柱エゼルティアに連れて行かれた時など、あまりの情報量の多さに頭がパンパンになった。おまけにその後にひどい戦いを経験してしまい、たくさん泣き腫らしたりもした。

 遥か昔にあったとされる超古代文明、異世界の成り立ち、徐々に始まった異世界からの侵略_____そして初めて体感した魔術の強さと、再び思い出した自分の恐ろしさ。そしてその後に知った、何気ない日常の尊さ。

 その矢先に突如として訪れた謎の男と、謎の女。そして謎の女から聞いた、俺の望み全てを叶える手法。

 

「まず……ロザリア、あんたについて知っておきたい。あんたが天才の魔術師なのは分かったけど、何のために俺を助ける?あんたの目的は何なんだ?_____召喚術を作ったってのは、本当なのか?」

「あら、褒めてくれちゃって。嬉しいから、サービスしてあげちゃうわ」


 ロザリアはログハウスの中から温かいコーヒーを持ってきてくれた。だが、とてもゆっくりと飲む気にはなれない。


「まず先に言っておくけど……私が話せるのは、だと言っておく」

「……なぜ隠す」

「あなたには、どうでもいいことを忘れて目の前のことに集中してほしいからよ。安心して。私の言うことに従っていれば……必ずあなたの望みは叶う」


 嘘は……言っていない。

 どこぞの便利道具のように嘘か真か見抜ける、と言うわけではないが、発する雰囲気などから、何となく人の機敏を鋭敏に感じ取ることができるようになっていた。人としっかり話す経験が少なかったからこそ、こんなものを身につけたのだろう。


「……分かった、信用する。教えてくれ、からまで」

「へいへい。んじゃまず……二宮一葉が置かれた状況について。_____彼女は現在、謎の男に連れ去られ、もう間も無く始まる異世界からの大規模侵攻のために使われている。使われているといっても、身の安全は保証されているよ。彼女はただいるだけで、この世界と異世界を繋ぐ『道』になりうるからね。いや、どっちかっていうと、鉄道の『駅』に近いイメージかもしれないな」

「……謎の男ってのは、どこにいるんだ」

「それは私にも分からない。そいつが使ってたっていう空間移動のやり方もさっぱり見当つかないし……」

「……?あんた、さっき助けに行くって……」

「だから、。こうしてゆっくりしているのは、ただ待つしかないからなのよ」

「待ったら……どうなるんだ」


 ロザリアはマグカップに入ったコーヒーを揺らしながら、静かに言葉を続ける。


「大規模侵攻_____過去に類を見ないほどの巨大な戦いが始まる。その最も大きな襲撃地点に、彼女はいるはずよ」


 ロザリアは、ノートとペンを持ち出し、絵を描きながら説明を始めた。


「二宮一葉が侵略者にとってどれくらい価値のある存在なのか解説してあげる。通常、侵略者はこちらの世界に残った始素の残滓の共鳴反応を使い、『界震』という現象を起こすことで、こちらの世界にやって来ている。

 でも、正直言ってこのやり方はもうダメね。残滓の近くには防衛拠点が作られて、最初からガッツリ対策されてる。おまけに_____最近じゃ、あの霧切晴人がいるんだから、手に負えない」

「……霧切?」

「え、まさか霧切晴人知らない?」

「いや、知ってるけど……あいつ、そんなすごいのか?」


 霧切が最強であるとは聞いているが、それがどれほどのものなのか、いまいち掴めずにいた。最強と言っても、本気で戦ったのを見たことがあるわけではないので、どれくらい強いのか分からないのだ。


「霧切晴人の凄さを語り出したらキリがないわね……。まぁ確実なのは、彼の存在によって、二つの世界のパワーバランスが完全に狂ったってことかな。具体的には_____彼が魔術師として初めて戦場に出た時の大規模進行で、敵勢力の68%を単独で制圧。その後、次々に現れる異世界からの侵攻のうち89%が被害ゼロで済んだ。七年前の大規模侵攻の時はすぐに駆けつけることはできなかったけど、地上に広く展開していた侵略者の実に93%を単独で制圧した。まぁ、こんなもんでしょ」

「…………」


 数字を並べられても、現実味が湧かない。何だか途轍もないということは分かるが、それでも頭に浮かぶのは、呑気でヘラヘラとしたヘルメット男だ。


『瑛人!ベッドのシーツ汚れてたから、新しく二段ベッド買っておいたよ!これで部屋を広く使えるでしょ?!』


 思い出すだけでも、やっぱりムカついてきた。


「始素の残滓という便利な港を失ったヤツらが次に取った手段は_____始素を大量に保有した人間を見つけ、その人間を目標として『界震』を起こすことによるものだった。そこで二宮一葉が目をつけられ_____七年前、彼女を狙った大規模侵攻が起きた。奇襲は見事成功し、一般人に大きな被害を出すことになったね」

「_____え?今……なんて?」


 それは、絶対に聞き逃すことのできない_____大事な情報であった。


「霧切晴人が大活躍を果たした七年前の大規模侵攻。それは_____二宮一葉を狙った侵略者が起こした奇襲作戦だよ」

「……ちょっと待て、二宮が七年前に……大規模侵攻に巻き込まれていたってことか?あいつはそんなこと_____」

「ああ、そりゃ言わないだろうねぇ。_____目の前で人が大勢死ぬのを、たった十二歳の少女が耐えられると思うかい?」


 ガバッと立ち上がる。立ち上がった衝撃で、俺の前に出されたコーヒーが溢れた。机からコーヒーが溢れ、ポタポタと水滴を落としていく。


「そう_____二宮一葉は、幼い頃からずっと侵略の危機に晒されていた。幼い頃から_____目の前でたくさんの戦いを……死を……見て来たんだろう」





_________





 思えば、思い当たる節はあった。

 それは時折見せる_____あまりにも儚く、触れたら消えてしまうんじゃないかと思わせるような笑みだったり_____やや気丈に振る舞おうとするところだったり_____それでいてどことなく脆いところだったりする。

 思い出すは、砂漠の夜。二宮を置いて出ていこうとした俺を、二宮は泣きながら引き留めた。

 今思えば_____なぜあの時、二宮は泣いていたのだろう。

 思い出すは、俺がアルフォンスと戦った後、自分に絶望した時のこと。あの時_____なぜ二宮は、俺が生きることを望んでくれたのだろう。


「…………」

「その反応を見るに、知らなかったんだね。君が知っている二宮一葉は、その過去を乗り切ろうとひたすらに努力していた……健気で儚い女の子だったってこと」


 霧切は、二宮との関係のことを『保護者のようなもの』と言っていた。あれは比喩でもなんでもなく_____実際に霧切が保護しなければならないほど、二宮が過酷な環境を生きて来たということなのか。

 俺が知っている二宮_____真面目で優等生で、それでいてちょっとお茶目なところもあって、年相応に抜けたところもあって_____それでも誰かのために本気になることができて、誰かのために心を痛めることができて_____そんな魅力的な二宮を生んだのは……間近で死を見てきたから、なのだろうか。


「…………なんだよ……なんなんだよ……!クソがっ……」


 腹立たしい、腹立たしい_____腹立たしい!

 そんなことも知らずに、ただ彼女に見惚れていただけの自分が恥ずかしい。

 そんなことも知らずに、ただ彼女の優しさに感謝していただけの自分が憎い。

 そんなことも知らずに、ただ自分の不幸を呪っていただけの自分が愚かしい。

 どうして俺は_____ただ彼女に涙を拭ってもらってばかりで、彼女が流していたかもしれない涙を拭おうと考えていなかったのか。

 握りしめた拳から血が滴り落ちる。歯をギリギリと噛み締め、込み上げる怒りを自分に向けたくなってくる。

 だが_____だめだ。この怒りをぶつける相手は、もっと他にいる。

 呼吸を整え、込み上げる怒りを臨界点スレスレで押さえつける。


「……話を戻すと、二宮一葉を確保すれば、侵略者たちにとって最高に等しい条件を揃えることができる。これまでは敵がひしめく場所にしか行けなかったのに、二宮一葉を手に入れるだけで、自分達にとって都合のいい港を手に入れることができるんだ。そうすれば、わんさかわんさかこっちに軍隊を送り込める。そうなったら、魔術師が精魂込めて作り上げてきた防衛拠点もただのガラクタだよ。もうこの世界を守ることはできなくなり……この世界は終わりだ」


 二宮一葉という、たった一人の少女。

 それを確保できるかできないかで、この世界の命運が決まる。

 

「以上が、二宮一葉が置かれた状況についてだ。事は相当に重大だし、かつそれを君一人で達さなければならない。はっきり言うけど……君がミスればこの世界が滅ぶことになる。それは理解したかな?」

「分かってる。世界が滅ぶかどうかなんて関係なく……二宮は助ける。絶対に……なんとしてでも、だ……!」

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