第27話・対馬

 文永十一年、遥か西の暦では一二七四年。

 秋の対馬に、薄ら寒い風が吹いた。島を囲む海の一方が、船で埋め尽くされていた。

「あれは南宋か、高麗か。通詞を送り、何故に来着したのか尋ねればならぬ」

 浜についた大型船に通詞を乗せると、それを合図にしたように銅鑼が盛大に打ち鳴らされ、対馬に矢の雨が降り注いだ。船から浜へ兵が押し寄せ、男を斬りつけ女を捕らえ、白砂の浜は血に染まる。


 対馬守護代宗助国そうすけくにが檄を飛ばして募った軍勢八十騎では、名乗りを上げるいとまも与えぬ野盗のような急襲に、矢の雨を払い除け銅鑼におののく馬をいさめるのが精一杯。太刀打ち出来るはずもなく、奮戦むなしく死体の山を積み上げるのみ。

「これを博多に伝えよ! 対馬のみでは、我が国を守りきれぬ!」


 助国最期の命を受け、ふたりが舟を出して博多に急ぐ。その報を聞いた大宰府は、すぐさま京と鎌倉へと知らせ、九州の御家人を博多に募った。

 そうする間に対馬を蹂躙した船は、隠岐へと進み守護代平景隆たいらのかげたか率いる百騎あまりの軍勢を討ち、肥前へと進軍し数百名にもなる松浦党水軍を伝令のみを逃して壊滅させた。


 大宰府で交渉を担い、異国警固に務めた少弐しょうに親子は、対馬隠岐松浦の惨状に戦慄していた。

「船より降りた軍勢は誰彼構わず襲いかかり、嵐のように矢を放ちます。男は殺め、女どもは捕えて手を穿ち、縄を貫き通して船壁に並べ立てておるのでございます」

 聞いたことのない戦術と、人を人と思わぬ残忍な扱いを耳にして、如何に戦うべきかと悩むばかり。


 地図を睨んで考えあぐねいた末、いずれ蒙古の船は博多へ迫る、ならば博多の西の古城があった赤坂の丘にて迎え討つと陣を敷いた。

「蒙古は騎馬の軍勢と、南宋より来たる僧に聞いておる、船を降りれば馬を出すに違いなかろう。足場の悪い赤坂ならば、騎馬が枷となる」


 この作戦が功を奏し、博多の早良さわらに上陸した蒙古軍は苦戦を強いられた。矢を放ち、船へ海へと追い詰めていった、まさにそのとき。


 去り際に放たれた鉄の玉が重々しく宙を舞った。


 それが御家人の前に落ちると火を吹き上げて破裂して、その爆音と飛び散る火の粉、鉄の破片が襲いかかった。

 奮戦叶った御家人は顔を焼き、破片に傷つき吹き飛ばされて容赦なく叩きつけられた。身体を軋ませ起こしてみれば、地面がえぐられ飛び散っている。

 一体何が起きたのかと去りゆく敵兵を霞む視界に捉えてみれば、再び鉄の玉が投げ捨てられて眼前に落ちて、その御家人は四散した。


 命からがら助かった者を陣へと帰し、刺さった矢を抜き治療を施してみたものの、致命傷でもないというのにこと切れた。

「これはもしや……毒矢か?」


 このままでは、博多が危うい。

 そもそも、蒙古の目当てとは何だ。

 交易を拒む朝廷にしびれを切らしての蛮行か。


 松浦水軍の残党が、天啓を授かったように顔を見上げて、ひらりと馬に跨った。

「お主、逃げるか!」

「伝令だ、蒙古を退かせる策がある」

 敗走する我が軍と、追撃をする蒙古の船の舳先を追って東へ東へと馬を走らせ、集落のひとつひとつに呼びかける。

「蒙古の軍勢が迫っておるぞ! 一粒残らず米を持ち、この場を離れよ!」


 それを聞いた衆中は家を捨て、米を抱えて林へ山へと身を隠し、伝令が次の集落へと馬を走らせる。

 続いて刃を交える御家人と蒙古、なりふり構わず槍で払い矢を放ち、刀を振るうが毒矢の前ではじわじわと押されてしまう。

 ついに観念し敗走すると、蒙古の軍勢は家々へと押しかけていくが、そこは無人。家財道具はあるものの、食べ物は一切残されていない。


 松浦水軍の残党が馬で駆け、衆中へと触れ回る。

「奴らの目当ては糧食だ! 米の一粒、草の一本も渡してはならぬ! 船の糧が尽きれば退く! 皆のもの、米を持ち身を隠すのだ!」


 対馬が襲われてから十五日。ようやく蒙古の兵站が尽き、船は引き潮のように去っていった。

 この惨劇が鎌倉に届いたのも、その頃だった。

 蒙古許すまじの機運が高まり、博多大宰府の護りを強固にせねば、と幕府では意見が一致した。が、問題はその先にあった。


「蒙古に反撃をせねばならぬ。我らには優れた水軍がある、攻め入ることなど苦難はなかろう」

 血気盛んな御家人たちは、この意見に熱い血潮を流していった。そうだ、そうだと同意の嵐が渦巻く中、実時は如何に諭そうかと考えを巡らせていた。

「衆中を見よ、飢えて死屍累々としておる。極楽寺の大仏谷だいぶつがやつでの施粥も追いつかぬほどだ。戦に船を出すほどの余裕はなかろう」

 実時の言うように、幕府には攻め入るほどの余力はない。そうすれば飢えた民を犠牲にするのは明らかだ。しかし、博多を見捨てるわけにはいかぬ。


「勝手に知らぬ敵陣に備えもなく踏み込めば、敵の術中に嵌まるのみ。ならば、我らが博多を陣として護りを固めたほうがよかろう」

 御家人が口を噤む中、ごもっともだと声を上げたのは頼綱だった。

「越後守殿のお考え、曇りがござらぬ。まずは敵を知らねばならぬ」

 この流れに乗りながら我が手中に収めようとする頼綱を、実時は言葉を挟んで歪みを制した。

「この鎌倉で蒙古に明るいのは、南宋より来たる僧だ。建長寺を頼るがよい」

 ひとりのみを頼りにしては、傀儡となる。どうか広く尋ね回り、己の道を開いてくれと、実時は泰然とする時宗に視線を送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る