第5話・永福寺

 稲村道は波で塞がっているからと、大仏おさらぎ切通しとの分かれ道で重時と別れた。常陸へ船で帰るには、もう遅い。朝まで如何に過ごすのか、忍性にそう問うと、金沢の持仏堂に泊めると実時が答えた。

 すると重時は悪戯っぽい顔をして、実時の胸元をちらりと覗いた。

「和賀江島で得た本にふけるつもりであろう」


 図星だった。受け取ってから、軽く流す程度にしか目を通せていなかった。

 勿体ないと言われようとも持仏堂に火を灯し、油が切れるまで、朝日が昇るまで、身体と興味が保つ限り、本の世界に没頭していたかった。

 やはりそうかお見通しだと、重時は空が割れるほどの笑い声を上げていた。


「それでこそ越後守えちごのかみじゃ。とっぷりと本に浸かれ、穴が空くほどかじりつけ、本の虫が我ら北条の助けになるのだ」


 伯父の許しを得られて実時は嬉しいやら恥ずかしいやら、やや困惑しながら大仏おさらぎ切通しを越えていった。

 忍性は、大仏に縋る貧者や病者に詫びるような合掌をし、その場を通り過ぎていく。由比ヶ浜に着いた頃には涙を浮かべ、唇に血を滲ませて悔しそうに震えていた。

「手を尽くせぬとは、口惜しゅうございます」

「焦るな。我らの行いは、容易たやすいものではない」


 そう、すべてが揃わなければ成し得ない。

 西の守りへの理解、極楽寺の移転、和賀江島の権益譲渡、そして地獄谷の救済、どれひとつ欠けてはならない。

 和賀江島の関米を明け渡すのがどれほど痛手かは、政務に携わる身であるから重々承知しているが、貧者病者の救済はそれだけの価値があると、実時は確信していた。

 食うもの食えぬ貧者から疫病に罹り、病者を見過ごせば疫病が広まる。忍性が大した頼りもなく来るのみでは、救える貧者病者はわずかである。

 特に癩者への救済がなければ、極楽寺の移転を止められて、西の守りが薄いままだ。守りと救済の拠点としての極楽寺が、地獄谷に必須なのだ。


 鎌倉の中央を貫く若宮大路で、実時はピタリと立ち止まった。これまでの道程みちのりを反芻し、忍性が首を傾げて問いかける。

「この先を折れたのでは、ございませぬか」

「いいや、ここで折れる。和賀江島には寄らぬ」

 なるほど、行きは和賀江島に寄る都合から東側の山裾に沿い進んだのかと、忍性は解した。だが実時が若宮大路を選んだのは、和賀江島の用事が済んだため、それだけではなかった。


名越なごえに声高な僧がおる」

 ほう、と忍性は感嘆して目を見張った。衆中に念仏を唱えさせ、禅を組ませる僧はよく見かけるが、声高な僧というのが珍しい。身をもって示す忍性としては、どのような僧が何を訴えるのかと気になってしまう。


 しかし声高なのは、僧だけではない。

『得宗家は庶子の血筋、正室の長男の血を引く我らこそが嫡流である』

 そう反抗するのは、名越に居を構える北条家。十三年も前になるが、執権からの政権奪還を図る前将軍につき、兵を挙げたほどである。今は大人しくしているが、その熱はまだ冷めてはいない。


 声高なだけならば評定のしようもなく、金沢にも向かえなくなる。腫れ物には触れずに泳がせておこうと実時は決めて、それを察した忍性は僧について言及するのを控え、ふたりは言葉を交わすことなく段葛を歩いていった。


 段葛の終わりは、鶴岡八幡宮の前である。それを右に折れた正面が北条得宗家屋敷、右が名越、ふたりが進む六浦道は左に屋敷を回り込む。

 長く平坦な道を進むうち、左に鳥居が見えた。参道が真っ直ぐ伸びて、それはそのまま長い階段となっている。

「鎌倉へ一目散で、気づきませんでした。御祭神は天神様でございましょうか」

「左様、荏柄天神社だ」

「よく学ばれている越後守殿は、鎌倉の天神様でございますな」


 忍性に手放しで褒められて、思わず実時は苦笑した。讒言により謀反を疑われ、大宰府に左遷となって窮死した菅原道真公に例えられても、この鎌倉では喜ばしいことではない。同じようになりはしないか、そう考えると肝が縮む思いがした。


 それよりも、実時には行きたいところが出来てしまった。まだ忍性には見せていないと、六浦道から脇道に逸れた。

「どちらへ参るのでしょうか」

「長居はせぬ、少し付き合ってくれ」


 そう口説いて導いたのは永福寺ようふくじだった。紅白に彩られた本堂が狭い谷戸いっぱいに翼を広げて、悠然と池に寄り添っている。その中央には反橋が架かり、それはさながら鶴の首。池に突き出た回廊は月見や花見のためであり、そこからここが単なる寺ではないとわかる。

「宇治の鳳凰堂か……。いや、これほど色鮮やかでは凌駕しておる」

「奥州平泉の無量光院を模したのよ。あれも平等院を模しておる、良観房の見立ても違っておらぬわ」


 奥州藤原供養のために建てられた永福寺だが、寺とは思えぬ公家好みの造りをしている。法要の他、将軍を招いての宴会に用いられており、実時も接待に努め蹴鞠の相手などをさせられていた。

 特に、皇族出身の宗尊むねたか親王が将軍を務めている今は、智慧ある実時が何かと重宝されていた。

 故に、こうして永福寺をゆっくりと眺められる機会は稀である。


 実時の目は、羨望に輝いていた。この美しさを飽きるまで堪能したい、叶うなら手中に収めたいと実時は願っていた。

 その眼差しを横目に見た忍性は、笑みを称えて実時のほうへと向き直った。

「真似事でも、良いではありませんか。誰しもが師の真似事からはじまります。数多の真似事が多くを救う、広まるとはそういうことでしょう」

 僧侶らしいことを宣いおって、と嘲笑う実時は六浦道へと踵を返した。忍性と、永福寺の余韻を伴って朝夷奈あさいな切通しを越えていった。

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