桜の樹の下には

@watasigi

桜の樹の下には


どこかの物書きで、桜の樹の下には死体が埋まっているとか書いたやつがいるそうだが、おれに言わせれば桜はそんな生優しいものじゃない。こいつの下にあるのは女の怨念だよ。それも絶世の美女の怨念だ。女の死体が1つあったところで、ここまで美しくはならないだろう。行けて今の半分だろうな。

……なんだその顔は。また馬鹿なことをほざいているとでも思っているんだろう。それならここでちょっとした話をしてやろうじゃないか。

山形、いや秋田か。まあそこらへんの山奥に、小さな村があってね。そこの大桜はまあ見事なものなんだ。今じゃ村役場の管轄になってるが、昔はその桜の世話は室町から伝わっている祈祷師の一族の仕事だった。彼らは村人から崇められ、お桜様と呼ばれていたらしい。

ある時、そのお桜様の家に一人の女の赤ん坊が生まれた。女が滅多に生まれない家系だったということもあって、彼女は手塩をかけて育てられた。十歳の頃、その評判が江戸まで届いたなんて噂もある程の別嬪だったらしい。

そして彼女が17の時、縁談が持ち上がった。相手は藩の医者の息子で、話は大したいざこざもなくまとまり、二人は結ばれることになった。

まあ、ここまでだったら何処にでも有るめでたしめでたしな話なわけだが、それをよく思わない奴もいた。彼女の家の近くの鍛冶屋の少年も、その一人だった。彼は幼い頃から彼女に片想いをしていた。それが暴走したんだろうな。彼は、他の男のものに彼女がなってしまうのなら、その前に殺してしまおうと考えたんだ。

彼は、初夜の儀式の日に彼女を桜の樹の下に呼び出し、自分の作った刀で斬り殺した。

他の人が気づいて駆けつけた頃には、もう手遅れだったよ。何故だか知らないが、その時桜の木肌は全て彼女の赤い血で染まっていたらしい。

それ以来、春にその桜に近づいたものが惨い姿で発見される事件が増え、彼女の怨念の仕業だと言われるようになった。まあそれが男を知らずに死んでしまったことへの恨みか、自分を殺した男への恨みかのどちらかかはわからんがね。

どうした、そんな顔をして。さては怖がっているな。怖がっていたら飯もろくに喉を通らないだろう。というわけで、その太巻きはおれが貰うよ。


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