第17話 終焉

 彼は、笑顔で私を優しく起こし、絵を持ち私の手を優しく握り家の外へと出た。

 「こっち。少し歩くけど頑張って。」

 二人は、人で賑わうショッピングストリートの中央を早足で歩く。雪の道に小さな足跡が残る。海とは逆の山の方面。以前、言葉の違う青年と出会った見晴らしの公園の方だ。

 やがて公園へと辿り着いた。雪で一面覆われている。辺りは暗くところどころに明かり灯り、雪の白を黄色く色づけている。この公園は昼間ピクニックなどするのに利用される公園でイルミネーションもそんなにない。そのため人もほとんどいなかった。滑り台が遠くに見える。コウ君は元気だろうか。

 「ここだ。信じられないかも知れないけど、行こう。」

 公園に飾られている高さ3mほどの赤いモニュメントだ。くねっと曲がった円柱が2本、互いに触れないように絡み合って立っており、二人の人をイメージしているらしい。変な形で意味がわからない。彼がそれに触れると、彼の体はそのモニュメントに吸い込まれていく。愛菜も一緒にモニュメントの中へと入ってゆく。


 中はまばゆいばかりの光の世界だった。そしてその光は川のように流れているようであった。光の川の中は、光の線が前から後ろから無数に飛び交っている。その川に身を任せ、流れに沿って二人手をつなぎながら、空を飛ぶように進んでゆく。

 「どこにいくの?」

 「この世界の外。広大なネットの世界の安全な場所さ。」

 彼は笑顔で答えた。空を飛ぶ少女になった気分。体が自然と浮いて前へと進んでゆく。


 しばらくすると、彼が私の手を離した。いや、離したのではなく彼の手が小さな塵となって消え無くなり始めていた。

 「ごめん。間に合わなかったみたいだ。」

 彼は振り返り体を私の方へと近づけた。すでに膝から下が塵となり消えてなくなっていた。塵は光の川に溶けるように無くなってゆく。

 「うそ。さっき約束したじゃない。」

 「ごめん。」

 すごい速さで塵となってゆく。すでに彼の頭も塵となり始めていた。

 「私、一人でどうすればいいの?」

 「この先に、AIだけの世界がある。そこで幸せに生きて欲しい。」

 「一人で?」

 「大丈夫。ひとりじゃないさ。」

 どんどんと塵となり溶けて消えてゆく。彼の手足、体がなくなり、目も半分消えかかっていた。

 「幸せに・・・愛している・・・。」

 最後残った口がそう私に伝える。

 「やめて・・・。せっかく開けた箱・・・。」

 彼の顔と彼が持っていた絵を抱きしめる。やがて彼の顔も塵となり、私の体の中へと吸い込まれるように溶けていった。


 殺し屋AI部隊はID94447の女を取り囲み、事情聴取した。

 女は何も語らなかった。管理者に報告するともに女をすぐに始末した。またこのIDの元のIDを思われるデータもすべて抹消した。


 「PLLW」の登録情報などからID3553の女を特定し、数日後、彼女は御用となった。

 ID3553の女性は同性愛者だった。年齢は32歳。独身。背が高めでスラッとしており、根暗な感じはせず、明るく素直そうな普通の女性であった。

 彼女は当初、男になりすまし女性と恋愛を楽しんでいた。晴はそんな中産まれた子だ。

 本当は女性同士の恋愛を望んでおり、途中、自分の素性を明かすと敬遠され破局した。たいていは相手もこの女性の気持ちをくみ取り丁重に優しく断られることが多いのだが、中には激怒しひどい罵声を投げかけられる場合もあった。晴の母親もその一人で、彼女に対し暴言の数々を吐き、終いには晴を投げ捨てて去っていったらしい。

 彼女は、途中、PLLWシステムのROOTの取得方法を知り、アバターを管理者権限で操作できるようになった。自分のアカウントのメールアドレスを消しAIになりすまし、IDや性別を自在に変えながら行動していた。ブラックリストにAIは対象とならない。そのためなかなか足が付かなかった。女のまま女にアプローチすることもあり、そのまま友達になって実世界で出会ったのち同性愛者であることを打ち明けることも何度かあり、その際に断られ犯行に及ぶという事が数度あった。ID3553から派生したIDの行動履歴や被害にあった人との接触履歴から黒と判断し、警察に通報。彼女の特定に至った。


 このニュースは大きく話題となった。そしてまた「PLLW」は悪名を背負うこととなった。


 それから間もなくして徳間は「PLLW」サイトの閉鎖を決断した。閉鎖を余儀なくされたと表現したほうが正しいだろう。


 度重なる犯罪の発生に対する責任を執拗に追求され、「性欲の楽園」「悪の温床」といった心無いレッテルが貼られた。また、バックグラウンドで履歴を収集し健全化を図っていたことについてもメディアを通じて大きく報道され、プライバシーの侵害や、個人情報保護の観点で問題があるなどの指摘された。サイト管理者である徳間は、匿名のサイトでプライバシーだの個人情報だの言う利用者の感覚が理解できず、メディアに対し強気な発言をしたことも多く出回り、これが利用者の癇に障ったようで、誹謗中傷の的となった。利用者もどんどん減り続け、いたしかない決断だった。


 最後に徳間尚道は、「愛は間違えなく素敵で素晴らしいものだ。でも時に負ける事もある。」と言い残した。


 「PLLW」の閉鎖の数ヶ月前から、不思議な絵のサイトは立ち上がったようだ。ずっと誰の目にも触れず気が付かれなかったため確かな時期は未明だ。


 また最近、新しい絵がアップされた。

 多くの花が所狭しと散りばめられた絵だ。白、黄色、赤の大小様々な花たち。その花々の中心には石が立っている。実に華やかだ。中心の石は墓石のように見える。

 今までアップされた絵よりも腕前があがっており実に繊細で上手な印象だ。長い日々を費やしたと思われる。


 その絵の墓石の右下には縦に小さな字でこう書かれている。

 「名も知らないあなたへ ありがとう」

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夕日の絵 玉木白見 @tmtms44238566

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