第45話 彼の目に映り込んだのは

 志々雄は混乱する頭で必死に思考を巡らす。


(どこだ?どこで“失敗”をした!?)


 しかし、完璧と思っていただけに、咄嗟に答えはでない。

 その間に羽里は彼から距離を取り、鶴舞の横へと移動する。

 鶴舞は羽里を後ろに隠すと、大人として彼に言葉をかけた。


「どうしてこんなことに?って顔ですね。

 けど、まずは羽里ちゃんに謝ったほうがいいんじゃないですか?

 あんなに力強く、女の子の肩を掴むのはおかしいです!」

「羽里……?」


 聞き覚えのある苗字に、志々雄の思考は中断する。

 そして幾ばくか置いて、公子の逃げ込んだ先の少女が、そんな苗字をしていたなと思い出す。

 彼はこの一か月、公子の周囲に監視者を置いていて、日々上がってくる報告書にその名前があったのだ。

 だが、理解できたことで彼の混迷はさらに増すのだった。

 何故、その少女がここにいるのかと。羽月と一緒に“処理”したはずではなかったのかと。

 答えは羽里が持っていた。


「わからねぇなら教えてやるよ。私とハム子は入れ替わったんだよ。今日家を出る時に、な。」


(そういうことかっ!!)


 志々雄は思考が現実に追いつき、頭を抱える。

 そして、自身が監視員に伝えていた内容が容姿に特化していたことを嘆いた。


(昨日まで監視相手がずっと同じ服装で出歩いていたとして、今日だけ細かい容姿が確認できない状態だったなら?

 そんな状態で監視をしなければいけないとするなら、どこを見る?どこで判断する?

 なぜ、僕はそこへ思考の糸を伸ばせなかったのか――)


 そう、つまり彼はそもそも間違えていた。

 彼が今日、直接抑えるべき相手だったのは羽月ではなく、公子だったのだ。

 志々雄にとって逃げないかごの鳥でしかなかった彼女に対し、彼は油断していた。

 いや、油断させられていた。

 志々雄は、頭を掻き毟った後、羽里と鶴舞を交互に見やる。

 そして、羽里の身長が公子よりも若干高いことと、鶴舞が女性の中では長身であることに気づく。

 普段の彼なら、公子と羽里を見間違えることなど、絶対にないだろう。

 しかし、一か月置き、身長差のある女性が横にいる状態ではどうか。


(はじめからか。はじめから僕を騙していたのか――羽月ぃぃいいいい!)


 軋むような歯ぎしりをしながら、彼は拳を壁へ叩きつけた。

 短く重く鈍い音が場内に響き渡る。

 これでは、離れているスタッフ達もすぐ戻ってくるだろうが、それは彼の望むところだ。

 志々雄の豹変ぶりに鶴舞が羽里を抱きしめつつ距離をとるが、それすら今の彼にはどうでもよいことだった。

 早々に離れていたスタッフ達が戻ってきて三人の姿を見て首をかしげるが、彼は構う事なく端的に告げる。


「この二人は部外者だ。まだ一般入場前だろう?退去してもらってほしい。」

「は、はいっ!」


 朝方とは異なる志々雄の凄みに圧されつつ、スタッフ達は彼女たちを退かせようとする。

 その時、不意にのんきそうな声が聞こえた。


「あっ!鶴舞さんじゃないっすか!さっきぶりっす!」


 志々雄が声のする方を睨みつけると、雉鳥が飲み物を腕に抱えてきていた。


「いやー、志々雄様。ありがとうございましたっす!せっかくなんで大目に買ってきちゃったっす!あ、良ければ鶴舞さんと――お連れさん?もいかがっすか?」

「えっ、いいんですか?」

「いいっすいいっす!どうせ貰い物なんで!二人は先輩に招待されてきたんっすよね?」

「あ、そうなんです!でも――」


 鶴舞の目が雉鳥と志々雄の間を行ったり来たりする。

 志々雄は言葉を飲み込み、発言を訂正する。


「そうか、それは済まなかったな。そういうことなら、見ていくと良い。」


 至極、冷静そうに彼は装いつつスタッフ達に笑いかける。

 しかし、鶴舞と羽里は彼の本性を知っているため、怪訝そうな顔をしたままだ。

 もっとも、それすら今の彼にはどうでもよかった。


(こいつが公子と入れ替わっているということは、本物の公子は今、何処にいる?

 早急に確認せねばならない――)


 志々雄がスマホを取り出そうとすると、鶴舞の手を引いて入口へと向かいつつ、羽里がつぶやいた。


「安心しなよ。ハム子は羽月と一緒だってよ。

 それよりも――お偉いさん、ぼちぼち来そうだね、大丈夫?お・に・い・ちゃん。」

「っ――!!」


 志々雄が階段へ視線を向けると、集団が階段を登ってくる足音がした。

 予想していたよりも早い時間に、彼は計画の瓦解を知る。

 それを象徴するように、彼の目に映り込んだのは一組の男女だ。

 コンテナに積まれているはずだった羽月と、公子の姿が集団を率いていた。

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