第35話 撃ち抜くような仕草で言葉を口にする
「くそぉ……」
「ちょっと~、羽月さん。ここ寝床じゃないんだけど~?」
じっとりとした視線が羽月の顔に突き刺さる。
しかし、羽月は意に介すことなく、ロックのウィスキーをちびちびと喉に流し込む。
アルコールの酒気が彼の喉を熱くするが、彼の手はとまらない。
一口二口と口元に運び、ついには最後むせかえっていた。
そんな彼に嘆息すると、鶴舞は店長である大鵬に話しかける。
羽月は今、助六屋に来ていた。
「もぅ~、店長!羽月さんがダメンズになってるんだけど!」
「知らん。カウンター端にでも捨てておけ。」
「またそういう事言って~!元々店長が呼び込んだんでしょ!」
「まあ、それはそうだが……」
今日に限って言うと、助六屋に来たのは羽月の意思とは言い切れないのだ。
鳩麦兄妹と別れた後、羽月は足元がおぼつかず、たらたらと帰路についていた。
それを食材の運び込み中だった大鵬が声をかけて、様子がおかしいからと連れ込んだのが始まりだ。
最初の内は大鵬と鶴舞は羽月に色々気遣いをしていたものの、彼の受け答えが判然としなかったため、酒だけ出して放置した結果が今だ。
鶴舞は羽月の頭を軽くお盆で叩くが、船を漕いでいてロクに反応がない。
せいぜい一拍置いて見上げてくる程度だ。
あきれ果てたのか、鶴舞はカウンターに頬杖をつく。
「全く、一体何あったんだか」
「鶴舞。最近、お前は羽月とやりとりしてたな?何か聞いてないのか?」
「まーったく!むしろ朝連絡した時も相変わらずの朴念仁ってもんですよ。」
「朴念仁って、お前なぁ……本人が聞いてるのに色々いいのか?」
「ふん、どうせ酔っ払いだもん。聞こえてないでしょ?それに、私はいつもの羽月さんがいいの。」
「そういうものか。」
「そういうもの、でしょ。」
大鵬の困惑混じりの目線と鶴舞のジト目が交わる。
大鵬はそれとなく視線を外し、赤ウインナーに切れ込みを入れつつ話を少しズラす。
「ともあれ、このままだと営業妨害甚だしいな。鬱陶しくて敵わない。」
「それは私も同様だけど、今回は店長が何とかしてよ?」
「はぁ、仕方ないな……」
大鵬は切れ込みを入れた赤ウインナーをフライパンで加熱した後、皿に盛りつける。
そして、1つだけ赤ウインナーを箸でつまみ、そのまま羽月の口に突っ込んだ。
「っ!?!? あっ!あっつ!!」
半ば叫ぶような勢いで羽月が起き上がる。慌てて、鶴舞が水をコップに汲んで彼に手渡す。
羽月はコップの水を一息で飲み切り、非難の眼差しを店長へ向ける。
「な、なんてことをっ!口内炎になるだろっ!!」
「店が辛気臭くなるのを防ぐためだ。それに自業自得だろうが。」
「何を~!俺だって、色々悩んでたんだぞ!」
「悩むのもいいが、ここは店だ。注文をするか、話をするか、どっちかしろ。不貞腐れるな。」
「っ!わかったよ、鶴舞、アイスウーロン!」
「はいはい、ちょっと待ってて~。」
鶴舞がカウンター裏へ消えていくのを見送ると、大鵬は赤ウインナー盛りを羽月に渡しつつ、呟く。
「何があったか聞く気はないがな、独り言でいうのはタダだぞ。」
「なんだよ、それ。」
「俺の独り言だ。」
「……そうかよ、じゃあ俺も独り言だよ。」
羽月は、ところどころぼやかしつつ鳩麦兄妹との出来事を語る。
不思議とその間に頼んだウーロン茶が彼の所に届くことはなかった。
一通り羽月が溜まっているものを言語化した後、大鵬は冷ややっこに鰹節を乗せつつ呟く。
「兄の言う通りじゃないか?」
「それは、納得できないんだよ。」
「羽月、お前口調昔に戻ってるぞ。」
「っ!ほっとけっ!」
酒の勢いか、羽月の思考は三十路を迎えた男の落ち着いたものではなく、昔の青臭かった頃の物に近くなっていた。
大鵬は何を言うわけでもなく、静かに笑うとさも当然のように言う。
「家の事情なら、他人が口を出すことでもない。極論、お前の人生に影響がある訳でもないだろうに。」
「それは、違う。俺の仕事にだって――」
言いかけて、羽月は押し黙る。確かに大鵬の言う通りなのだ。
確かに一つの仕事としてなら、メインの展示が完成していないことはマイナスだろう。
だが、逆にいえばそれだけなのだ。
今からならレイアウトの調整をすれば対応できるし、仮に間に合わないとしてもクライアント側の不手際だ。
羽月達の会社が責められることはないだろう。
(でも、だからって、放置するのは違うだろ!)
羽月はウーロン茶を呷る。冷たい苦みが口内の味をリセットすると同時に、煮えていた頭が冷めていった。
それを横目に見つつ、大鵬は冷やっこを鶴舞に手渡しつつ、言うのだった。
「素直にいったらどうだ?」
「どういう意味だ?」
「単純に、その子のことが心配なんだろ?」
「……っ!悪いか!」
「悪くはない。だが、良くもない。筋というなら相手の方が正しい。
それに逆らうなら、腹を据えるしかない。」
「腹を、据える……」
羽月が大鵬の目を見ると、相手の方も彼の瞳を見つめ返していた。
「よく考えることだ。」
「ふん、店長はいつもそうだな。」
「お前も似たようなもんだろうに。」
「そうかよ……」
「あと、タコさんウインナーはサービスじゃないからな?」
「そうかよっ!」
羽月がふらついた足で会計を済ませた頃には、22時を回ろうとしていた。
いつものように鶴舞がレジ打ちを対応してくれるが、チラチラと羽月の顔を覗いてくる。
羽月が小銭を受け取って財布に入れていると、やけに心配そうな顔で話しかけてくるのだった。
「今日、飲みすぎじゃないの?大丈夫?」
「確かに、少し飲みすぎたかもな。」
「もう、ダメだよ?あんまり無理しちゃ。若くないんだから。」
「ああ……」
鶴舞にまで心配されている状態の自身に、羽月が項垂れていると、ふと先日彼女との出かけたことを思い出す。
(そういえば今日は酔っていて、先日以来、直接だとロクに話できてなかったな。)
「なぁ、鶴舞。この前はありがとうな。」
「えっ、いいよいいよ!むしろこっちが感謝すべきじゃん?」
「いや、でもな。マグカップももらったしなぁ」
「羽月さん、めっちゃ酔ってるでしょ~?」
「そんなことはないさ。ただ、感謝を伝えたくてな。」
「そう?それなら、一つお願いしちゃおうかな。」
悪戯っぽく笑うと、鶴舞は羽月の顔に向けて指をさす。
「今日言ってた子の個展、私も招待してよ。」
「なんだ、そんなことか。」
「そんなことって何!それで、答えは?」
「頼まれなくても、誘うつもりだったさ。何枚か用意するから、是非友達と――」
「羽月さん、違う。」
「えっ――」
彼女は指を銃の形にすると、撃ち抜くような仕草で言葉を口にする。
「羽月さんに、私を誘ってほしいの。」
「――?まあ、いいが。」
(似たようなもんじゃないか?)
酒で鈍った思考の中、羽月はそう思うのであった。
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