第26話 少しだけ胸元が温かくなる

 二人はショップ横の大型商業施設で昼食をとることにした。

 元々、そういう構成で作られた施設で、彼ら以外にも家族連れや友人同士、カップルなどがモールのレストラン街で食事を取っている。

 二人は道沿いにある喫茶店風の店に入っていた。


「わぁ!スフレパンケーキだって!」

「写真見る限り、かなり大きそうだけど食べきれるのか?」

「ふっふっふっ。羽月さん、女の子の胃袋は甘いものに関しては宇宙だよ?」

「まあ、食べきれるなら止めはしないが。俺はそうだな――」


 人間、食事がかかわると不思議なもので、二人はいつの間にか調子を取り戻していた。

 むしろ、鶴舞に至っては期間限定品の「クリーム山盛り!タワーパンケーキ~メロンを添えて~」に目が輝いている。

 羽月はそんな彼女に呆れつつも内心ほっとしつつ、自分はドリアを注文する。

 とはいえ、彼の方は山盛りでもタワーでもない。至って普通の分量だ。

 三十路になり、心なしか肉が付きやすくなった気がする身の上を考えての選択だ。


(やはり、この歳になると、大盛だとか油だとかが少し受け入れなくなって気がするな。

 それにしても――)


 若いだけあって、モリモリとタワーパンケーキが消えていく鶴舞を見つつ、羽月は苦笑いをする。


(鶴舞は距離が近いから、俺の方が気を付けないとな。

 俺みたいなおっさんが、こんな若い子に手を出しちゃいけないんだし――)


 彼がひそかに内心で自戒していると、パンケーキを切り分けている鶴舞の手がピタリッと止まる。


「ねぇ、羽月さん……」

「なんだ?別に俺のことは気にせず食べてもらっていいぞ?」

「いや、その……少し、食べてみたいなぁとか、思わない?」

「と、いうと?」

「ホラ、そのなんというか――」


 彼女の目が不自然に左右に泳ぐ。

 一瞬、羽月は恋人同士がするアレを思い浮かべるが、彼女の顔色からして、そういう毛色の代物でもなさそうだ。

 羽月はさっきまで真面目に考えていたことが馬鹿らしくなりつつ、らしくもなく意地悪く言うのだった。


「俺は言ったな?『食べきれるなら止めはしない』と。」

「そんなこと言わずにぃ!」

「仕方ない奴だなぁ……」


 この後、羽月の中性脂肪が増えたのは言うまでもない。


 ~~~~~~~

 食休みを挟んで二人が車に戻ってくると、一三時半を過ぎようかという頃合いだ。

 羽月はいつもより少しばかり張った腹部を気遣いつつ、車に戻ろうとするが、鶴舞が声をかける。


「あっ、羽月さん!ほんのちょっと待ってくれる?」

「ん?どうした?」

「いや、ちょっと用事があって……」

「そうか、なら一緒に行こうか?」

「ううん。先に車に行ってて!」

「もし、胃腸の調子が悪いなら――」

「デリカシーないこと言わないの!ちょっとで済むから!」

「まあ、いいけどな?」


 しぶしぶ、店先で分かれて羽月は先に車内に戻る。彼が車内で時間を潰すこと十分程。

 走りながら戻ってきた彼女の手には小包が二つ握られていた。


(何を買ってきたんだろう?)


 疑問に思いつつ、聞くのも野暮というものかと羽月はあえて聞かないでおくことにした。

 その後、二人は雑多な話をしながら、助六屋へと向かう。

 購入した食器を店内に運び込み終わる頃には日が傾こうとしていた。

 別れの挨拶を済ました時、鶴舞は手にしていた小包の一つを羽月に手渡す。


「これは?」

「今日のお礼。家に帰ったら開けてみて?」


 どうやら、彼女が最後に戻ったのはお礼の品を用意するためだったらしい。


「いいのか?」

「いいよ。むしろ、こっちこそ貴重な休日潰しちゃってごめんだもん。」

「俺は別に――」

「本当に感謝してるの。私からじゃ、もらえない?」


(そう言われると、貰うしかないじゃないか。)


 しぶしぶ、羽月は受け取って中身を確かめる。

 それは、空色の下地に白い羽が描かれたマグカップだった。


「羽月さん、マグカップ欲しいって言ってたでしょ?」

「なんだか、悪いな。」

「悪いと思ったなら、使ってほしいかなって!せっかく上げたのに使ってもらえないと悲しいし!」

「ああ――そうだな。」


 なんだか、羽月は少しだけ胸元が温かくなる気がした。

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