第25話 甘いシトラスの香り

 車を走らせること数分、羽月と鶴舞は街でも随一の家具・インテリアショップに来ていた。

 ショップは大規模な商業施設に併設されていて、渡り廊下を通して相互に行き来ができる作りだ。

 二人が店内に向かっている間も、出入りする車や行き交う子供連れの姿が目に入る。

 羽月はつい子供の姿に自身の小さい頃を重ねてしまう。

 大人とっては単なる買い物でも、大きな施設に行くだけで子供にとっては休日の一大イベントだった、そんな頃の自分だ。


(今時の子はどうなんだろうな――)


 彼が鶴舞へ視線を送ると、帽子を目深くかぶった彼女の顔を伺うことはできなかった。

 羽月はなんとなく気まずさを覚えて、さして意味もない言葉を呟く。


「にしても、ここに来るのも久々だな。」


 肩を震わした後、麦わら帽子の下から彼女の琥珀色の瞳が羽月の顔を見上げてくる。


「羽月さんは普段はインテリアショップとか来ないの?」

「男一人、来ることもなくてな。」

「そっか。何か一緒に買いたいものとかあれば、私も付き合うよ?

 その……今日は私に付き合ってもらうんだし。」

「気持ちはありがたいけどな。なかなか食器といっても――」


 案外、一人暮らしだと食器類は増減しないものである。

 羽月は皿や箸などを思い浮かべるものの、わざわざ今回買うほどのものでもないと思い直す。

 一方、鶴舞はある種の期待を込めた眼差しで見ていた。

 店先に着こうかという時、羽月はふとある物を思い出す。


「しいて言えば、カップか。」

「コップ?」

「いや、マグカップ。前から使ってるのが結構くたびれてきててな。

 とはいえ、もうすぐ夏だし冬場前にテキトーなのを見繕うさ。」

「ふーん、そっか……あ、羽月さん!買い物かご取ってくれる?」

「ああ、カートもいるよな。」


 それから二人は野球場ほどもあるショップの店内を歩き回る。

 目的地は食器売り場だが、家具に合わせインテリアも置いてある都合上、様々なものが二人の目を引く。


「あ、見て羽月さん!チリンチリーン~♪」

「風鈴かぁ、夏っぽくなってきたな。」

「ねー。あ、このイルカのとか可愛くない?」

「俺はスイカのが夏っぽくて良いと思うぞ?」

「えー、スイカだと真夏にしか使えないじゃん!」

「風鈴は夏場に使うもんだろ……」

「私は少し長めにぶら下げておきたい派なの!」


 ………


「お、ワサビ専用おろし金!」

「羽月さん、それ欲しいの?」

「なんだ、そのジト目は。こういう『専用』って何か良くないか?」

「わからなくもないけど、絶対に年に一度使うかどうかだと思うよ~。」

「そんなことは――割とあるかもしれないのがなんとも。」

「ほら、やっぱり~。買うのやめとこ~?」

「くっ、でもちょっとほしい気持ちは分かるよな?な?」


 ~~~~~~~


 そんなことをしながら二人が目的の棚へと到着したのは、入店から30分ほど経ってだった。

 シンプルなデザインの食器から少し凝ったデザインまで、ずらりと並んだ様は壮観で、羽月の口から息が漏れる。

 一方、鶴舞は何度か来た事があるのか、さして驚いた様子もなく進んでいく。

 少し遅れて羽月がカートを押しながらついて行く。


「そういえば店長から希望とか鶴舞は聞いてるのか?」

「ん?んー、そうだねぇ。店長的には普通の平皿であんまり派手じゃないのがいいって。」

「どういう料理を盛り付けるかにもよるからなぁ……」


 鶴舞は一緒に皿を選ぶ羽月の横顔をじっと見つめる。

 羽月は思いのほか多い皿の種類に目がいっていて彼女の視線には気づかない。


(羽月さんって、実は奥二重だよね……)


 暫し、羽月の顔を眺めると、鶴舞は改めて食器へと向き合う。

 しかし、選ぶ間もチラリチラリと彼女の目線は羽月の横顔へ吸い寄せられてしまう。

 実のところ、助六屋としてはそこまで食器が減ってきているわけではなかった。

 今回の買い出しの目的は別の所にある。

 彼女は昨晩、助六屋の店長である大鵬昇に相談した時に受けたアドバイスを思い出す。


(鈍感には女と自覚させた方が早い、よね!)


 選んでいるフリをして、鶴舞は羽月へと身体を近づける。

 彼女としては肩が触れ合う程度にするつもりだったが、丁度羽月がやや斜め前の皿を手に取ろうと体を乗り出したところだった。

 結果――


「ひゃっ!!」


 羽月の肘が、鶴舞の胸元へと若干当たってしまう。

 瞬間、ふんわりとした甘いシトラスの香りが羽月の鼻腔に届く。

 そして、固定されていながらも乳房特有の柔らかな感触が彼の腕へと電流のように伝わった。

 羽月は弾かれるように腕を引っ込める。合わせるように鶴舞は身体を半歩離すのだった。


「す、すまん……」

「う、ううん。私こそ、ごめん……」


 言葉にできない気恥しさと気まずさが二人の間に壁を作る。

 若干早まった鼓動を落ち着けるように鶴舞が胸元を手で押さえると、羽月の目がチラリと彼女の胸元に向かうのだった。

 少女とは違う、成熟した女性ならではの丸みと柔らかさを帯びた鶴舞の胸元は、実のところ見かけよりもボリュームに富んでいる。

 それを意図せずして羽月に知られてしまったことを彼女は察し、思わず麦わら帽子で顔を隠す。


「その、さ――。早く、選ぼ?」

「そ、それもそうだな。それほど、ホントすまん――」

「い、いぃから!言わなくて!」


 若干ギクシャクとしつつも二人はなんとか何種類かのデザインを選び、数枚ずつ購入する。

 元々、それほど減っていたわけではなかったが、陶器の皿は枚数が重なることで相応の重量になっていた。

 羽月にカートを押してもらいつつ、鶴舞は清算を済まして二人で皿を新聞紙に包んでいく。


「……」

「……」


 終始、無言な二人だったが、鶴舞の琥珀色の瞳は終始羽月の肘を追っていたのだった。

 やがて、羽月の車に食器を積み終わると、時刻は正午を回っている。

 空気を変えるように、羽月から口を開いた。


「昼飯でも食べるか。」

「う、うん!そうだね!」


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