第22話 とっくりとした心の脈動

 羽月は、殊更に背中が小さく思える羽里にどうしてあげれば良いのかと考えた。

 抱きしめれば良いのだろうか?あるいは強く掴み、「そんなことはないのだ」と言い聞かせれば良いのだろうか?

 きっと、どちらも違うのだろうと思う。


(俺がどれほど言葉を重ねても、羽里と同じ傷を持っていないから、癒すことはできない)


 それでも出来ることをしたいと、彼は強く思った。

 自分の半分ほどしか年齢のない少女の背にのしかかっているのは一人で耐えるにはあまりに重い枷だ。

 彼女が万引きに走った理由にも納得がいく一方、このままでは更に良くない方に流れるのは想像するまでもない。

 彼が思い起こすのは、数年前の雪降る公園で差し伸べられた傘だ。

 言葉は便利だが、それでは伝えられないことのほうが遥かに多い。

 だからこそ、羽月は――


「……っ!」


 羽里の髪に、お世辞にも柔らかいとは言えない感触が伝わる。

 それは、少し節ばった、男性ならではの無骨な手だ。

 でも、じんわりとした温かさが、確かな体温が、そこから彼女の心に浸透する。


「すまん、俺にはなんと声をかけていいか、わからない。」

「そう、だよな……」


 一瞬、温まりかけた彼女の心が冬の白湯のように、静かに冷えていく。

 自分は一人なのだと、誰にも必要とされていないのだと、愛される資格のない存在なのだと、自分が自分へ責め立てる。

 やがて、その声に引き裂かれた心も凍り付くだろう。

 だが、きっとそれはすぐ痛くなくなる。だって、それはいつものことなのだから。

 傷だって固まれば、吹き出す血は止まるのだから。

 そう、彼女自身を納得させようとした時だった。


「だけど、少なくても、俺はここにいる。」


 羽里が顔を上げると、そこにはさっきまで話し相手というよりは人形のように思っていた年上の男性の顔があった。

 頼りない顔だった。

 何故、自分のような小娘のために、そんな情けない顔ができるのかと、困り顔ができるのかと、そして――悩んでくれるのかと問いたくなる。

 仮に、問うたところで彼はきっと困り顔になるだけだろう。

 でも、だからこそ困らせたい気も沸いてくる。


 やがて、彼女は自身の中に小さな脈動を覚える。

 それは心臓とも、血流とも違う。心の脈動だ。

 とっくり、とっくりとした心の脈動は、彼女にし変わらない速さで暖かなリズムを刻みだす。

 この時、羽里硝子は初めて知った。

 ああ、これが――


(これが、初恋なんだ――)

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