第20話 新しい棒キャンデーの包装

「へぇ、ちゃんと来たんだ?」


 羽月が約束の時間より10分ほど早く待ち合わせ場所の駅前に着くと、羽里は鈍色の眼を歪め喜色を浮かべる。

 手持無沙汰だったのか、彼女の口からは棒キャンディーの柄が出ている。

 服装は以前と同様の妙にダボついた黒いパーカー姿で、違いといえば彼女の年齢にしてはやや大人しめの髪留めがあることくらいだ。

 別段、期待していたわけではないが、おおよそデートとは言い難い服装に羽月は若干眉が上がる思いをする。

 彼の内心を知ってか知らずか、彼女はケラケラと笑いながら飴を口内で転がす。


「そんな硬い顔すんなよぉ~。まるで私が無理に呼び出したみたいじゃないか。」


(実際、そんなもんだろうに……)


「それで?そっちから誘ってきたデートなんだし、デートコースでも決まっているのか?」

「おや?おっさんがエスコートしてくれるんじゃないの?」

「あいにく、女慣れしてないものでね。何も用意してなかったよ。」

「おいおい、本気にしないでよー。安心しな、今日は行きたいところがあるんだ。

 とりあえず、電車にでも乗ろーぜ?ボチボチ電車の時間だし。」


 飄々とした羽里に連れられて、羽月は電車へと乗る。

 土日だけあり、そこそこ人入りのある電車では二人で座れるほどのスペースはなかった。

 ギリギリ一人座れる程度の隙間があったので、羽月は羽里に座るように促すが、羽里はしばし考えて断ると、そそくさと車両の一番奥へと行ってしまう。

 慌てて羽月が追うと、彼女は壁に寄りかかりながらスマホを弄りだす。

 仕方なく、羽月も羽里の横の辺りに立つと、彼女のほうから『ガリッ』という音がした。

 見ると、羽里は画面を凝視しながら飴をかみ砕いていた。

 やがて音がしなくなった頃、羽里は半ば叩き入れるようにポケットへと携帯を滑り込ませる。


「そいえばさ。」

「ん?なんだ?」

「私、おっさんの名前知らない。」

「ああ、言われてみれば――」


 確かに、彼女から聞かれなかったため羽月は伝えていなかった。

 L〇NEの表示名で判るかとも彼は思ったが、自身が『一』という名前で登録していたことを思いだす。

 羽月から教えない以上は、彼女が知る術はなかっただろう。


(にしても、名前も知らない男とデートってのはどうなんだ?)


 最も、そう思う羽月自身、これが普通のデートでない事は想像できている。

 三十年生きれば男たるもの、そのくらいのことは察する。

 では、何の目的で連れ出されたかという話だが、ある程度想像はできるものの、未だ確証は持てないでいるのだった。

 だからこそ、まずは出方を見るべきかと彼は素直に問いに答える。


「羽月だ、羽月一。」

「へぇ、いい名前じゃん?」

「それはどうも。君も、いい名前だと思うよ。」

「いや、私は――次、降りるぞ。」

「あ、ああ。」


 次の駅までは若干時間がある。無理に話題を切り上げられたような気がして、羽月は羽里の顔を覗き込むが、彼女は新しい棒キャンデーの包装を開けるだけだった。

  

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