第18話 【閑話休題】降り積もる雪

 ふわりふわりと舞い降りる綿雪がゆっくりとレンガ造りの道路を白に塗り替えていく。

 一人でいるには広すぎる公園で、羽月はベンチに座り空を見上げる。

 待ち人をする彼の顔は、現在のものよりも若々しさに満ちている。

 マフラー越しに漏れる彼の息が、外気に触れて靄へと変わる。

 それでも、彼は手を擦りながら腕に抱えた紙袋の中身を確認し、恋人の笑顔を思い浮かべる。

 この日はホワイトデーだった。世の中では、男性が恋しい人へ思いを、答えを伝える大切な日。

 羽月にとっても、それは同じだった。

 付き合って半年が経とうという恋人に、先月のお返しをする約束をした。

 大事そうに持つ袋の中身は恋人が好きだといったチョコレート専門店の高級なものだ。


(きっと、アイツ喜ぶだろうな……)


 肌を切りつけるような寒さの中でも、羽月の目尻は自然に垂れ下がる。

 自身には過ぎた恋人だったと思いつつ、彼は彼女がやってくる時刻を待つ。


 公園の中央にある、丸時計が示す時刻は約束の時間を若干過ぎているが、きっと遅れているのだろうと彼は思い直す。

 やがて、公園が全面純白に塗り替えられようという頃、彼のスマホがメッセージの着信を告げる。

 何かあったのかと羽月がメッセージ画面を開くと――


「えっ。」


 呼気に交じって漏れ出たのは、間抜けな声だ。

 次いで、じんわりと熱いものが彼の目尻に浮かぶ。鼻を啜る音と共に、ポツポツとした水滴が白い地面に水玉模様を描いていく。


「そっか、俺――フラれたんだ」


 現実を言語化し、彼の喉から押し寄せる感情の波に耐えかねた嗚咽が漏れる。

 疑問、後悔、恨み――それ以上に愛おしかった彼女に裏切られたことへの悲しみだった。

 降り積もる雪は、羽月から体温を吸い取っていく。

 このまま、死んでしまえたら、どれほど楽なのかと羽月が胸の痛みに喘いだ時――


「羽月さん、なにしてんの?」


 彼に降り積もる雪が、止んだ。

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