第17話 粗暴さを感じさせる文面の送り主
羽月が彼女の顔を見ると、愉悦の色が浮かんでいた。
ふと、羽月は大学時代に鶴舞と会った時のことを思い出す。
男女問わず友人に囲まれながら笑顔を振りまいているのに、何処か空虚な雰囲気のする女性だった。
今の彼女からは、その頃の残り香を少しだけ感じる。
「そういうこと、普通いうか?」
「むしろ羽月さんこそ言わなすぎ。」
「なんだよ、それ。」
羽月がウーロン茶を呷ると、冷たい液が喉元から胃へと滑り落ち、酔いが薄れる。
昔のことが彼の脳裏を掠めるが、あえて思い出さないように別のことを考えるのだった。
(明日は残業してでも資料まとめるか――)
生きるのに要らない後悔、悩みは仕事の波に押し流すのが、三十路となる彼なりの処世術だ。
そんな彼にため息を吐くと、鶴舞はオーダーに戻る。
どうやら、彼女にも見捨てられたらしいと羽月が自嘲気味に残ったつまみを平らげる。
やがて、ぼちぼち会計をしようかという頃合いになるが、なんとなく鶴舞に声をかけるのが躊躇われて羽月は店長に声をかける。
「店長、お会計。」
「すまんな、今は手が離せん。」
羽月が店長の手元を見やると、さして減ってもいない酒の補充をしている。
(まあ、少し待てば空くか……)
彼が内心独り言ちると鶴舞がオーダーシート片手に戻ってきて、店長に渡す。
そのまま、レジ前にきた。
視線が交わり、何とも言えない居心地の悪さが羽月を襲うが、鶴舞は気にした風でもなく会計をこなす。
偶然、つり銭も無く、このまま帰ろうかとしていると、鶴舞が声をかけてきた。
「あ、羽月さんレシート。」
「別にレシートくらい、いいぞ?」
「そう?でも、少し待ってよ。」
「なんだよ、言っとくが金額は足りるは――」
「今度さ。」
会話を鶴舞の方から割り込ませてくる。
レジ打ちのせいか彼女の顔色は羽月からは確認できないが、彼にはいつもより声音が硬いように思えた。
「今度、お店の食器類買い替えるんだけど、手伝ってくれほしいなって。」
「なんで、俺が――」
「だって羽月さん、昔バイトだったし?」
(だからって、今は別だろうに――)
羽月が断るつもりで口を開けようとした時、鶴舞の目元が一瞬見える。
彼女の瞳には普段とは違う揺らめきがあり、彼は言葉を飲み込むのだった。
「いいけどさ」
「じゃあ、連絡先交換しよ?」
「あ、ああ。」
交換する流れになってから、羽月はふと気づく。
(そういえば、出会ってから数年経つのに、鶴舞の連絡先知らなかったんだな――)
次いで、そもそも「助六屋」の買い出しに行くのがバイト時代ぶりだと思い出す。
鶴舞とL〇NEを交換して、羽月は居酒屋を後にする。
その日の夜、羽月が寝る前にシャワーを浴びて寝室に行くと、スマホがメッセージを着信していた。
鶴舞かと思い、メッセージ画面を開く。
『よぉ、おっさん。今度の土曜日、時間あるよな?』
粗暴さを感じさせる文面の送り主は、羽里硝子だった――
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