第15話 言葉以上に伝わることも
「あはは!羽月さん、そりゃカレカノでしょ~!!」
バンバンという大きな音と共に、強い衝撃が羽月の背を襲う。
一拍置き、羽月は自身が背中を叩かれたのだと気づく。
叩いた本人の鶴舞は、衝撃で零れたビールの雫をいつものように拭く。
「いや、俺は別にそんなことは気にしていないからな?ただ、クライアントと知り合いだったことに少し驚いただけだ」
言い聞かせるように呟き、羽月はビールを煽る。
ゴクリッと喉を鳴らせば、黄金色の液体が喉元をすり抜けて舌先に確かな苦みが残る。
あの後、羽月は気づくと例の居酒屋――「助六屋」にいた。
今日も今日とて人の入りは良くない。
元バイトなだけに、羽月は良く潰れないものだと毎度のことながら思うのだった。
その後、しばらく彼は鶴舞に「相手17なら犯罪だもん、あきらめ!あきらめ!次いこ!次!」などと言われていたが、見かねた店長がオーダーを取ってくるように彼女を追い払う。
鶴舞はカラカラと笑いながらオーダーシート片手に居なくなる。
店長はため息を吐くと、赤ウインナー盛りを差し出してきた。
羽月のオーダーだ。ただし、タコさんウインナーにするように注文した覚えは彼にはない。
「店長?」
「そう怖い顔をするな。飾り切りしたウインナー盛りもかわいらしいと思ってな。」
「不器用だな。」
「うるさい。黙って食っとけ。」
つっけんどんに言うと、店長は注文は何も来ていないはずなのにカウンター越しに酒の補充を始める。
必然的に店長の位置が羽月のそばに来る。
(全く、この人はいつもそうだな――)
羽月は不器用というには綺麗に反り返っているタコさんウインナーを口に運びつつ、バイト時代の頃を思い出す。
彼は知っている。この店長は口下手だが、料理の技術は店を切り盛りできる程度にはあると。
そして、不器用と言ったのは、ウインナーのことではない。
(お互い、口で言わないことも、だいぶ増えたな……)
「店長。」
「なんだ?今日はもう飾り切りは品切れだ。」
「旨いわ。」
「当たり前だろ。お前の元バイト先だぞ」
「違いない。」
二人とも、声にならない静かな笑いを浮かべる。
言葉以上に伝わることも、たまにはある。
そう、羽月は思ったのだった。
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