第14話 身体の熱を思いのほか奪うのだった
その日の終業後、羽月が退勤のためにロビーに差し掛かると、見覚えのある背中が右往左往していた。
茶色と白のフード姿、そう鳩麦である。
終業後とはいえ、家へと向かう従業員たちでロビーは活気がある、迫りくる人々の流れに彼女は波に攫われるポールが如く、見えたり隠れたりする。
(そういえば、この前のお礼を一言伝えないとか。)
お礼のお礼を言うという形にはなってしまうが、羽月は顔を合わせたなら一言くらい伝えても良いと思う質だ。
鳩麦がロビー端の柱に流れ着いたのを確認し、足を向ける。
未だに彼女は気づかないが、もう数十歩で気づくだろう距離になった時。
「待たせたな、公子。」
そんな声が、聞こえた。
羽月が斜め前へ視線を向けると、そこには見知った高身長があった。
獅子を思わせる荒々しくも確かに整えられた銀髪に刀身のように研ぎ澄まされた翡翠色の瞳。
西洋人を思わせるほどにスラリと伸びた鼻筋は、男というより雄を強く感じさせる。
そう、それはまさに日本人という割には高身長かつ整った顔立ちの――クライアントである。
羽月は、踏み出そうとしていた脚を戻し、立ち止まる。
鳩麦とクライアントは彼に気づかず、楽しそうに話をする。
鳩麦はじゃれつく子猫のように、クライアントに話しかけ、腕へと抱き着く。
その翡翠色の瞳には、羽月の知らない煌めきが確かに宿っていた。
クライアントの方も翡翠の瞳を優し気に閉じ、鳩麦の頭上へ手を伸ばし――そうであるが当然であるかの如く、労わるように、愛おしげに撫でるのだった。
(これは、俺が話しかけない方がいいやつだな――)
羽月の足は自然に出口へと向かった。
もう夏も近いというのに、夜の帳が未だに濃い外は、彼の身体の熱を思いのほか奪うのだった。
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