第13話 羽月と雉鳥は暫し談笑する

 羽里と出会った数日後の昼休み。

 羽月は雉鳥と共に久方ぶりの外食へと赴いていた。

 先日、羽月の書類を手伝ってもらった恩を返そうというのである。

 羽月は終業後に一杯奢ろうという気概であったが、雉鳥から「どーせなら昼食が良い」と言われた結果だ。


 オーダーを取りにきた店員に雉鳥は元気よく注文を伝える。


「それじゃあ、俺はこの日替わり定食一つお願いっす。」

「あ、俺も同じので。」


 店員の背中を見送ってから、羽月は何とも言い難い気持ちになる。

 メニュー表を見ると、雉鳥の注文した定食は所謂サービスメニューだ。

 数あるメニューの中では比較的お財布に優しい価格で、奢る側としてはありがたいが、こんな時くらいは好きなものを頼んでほしいという気持ちになる。

 羽月の心中が顔に出ていたのか、雉鳥は爽やかに笑う。


「今日はクリームコロッケ食べたい気分だったんっすよ~。いやぁ、ツイてる。」

「別に感謝の証なんだから、好きなものを頼んでよかったんだぞ?」

「好きなものがクリームコロッケなんですよ。先輩だって同じでしょ?」

「まあ、嫌いではないけどな。」


 なんとなく自分も同じものを頼んでいただけに、それ以上言葉を重ねられなくなる。

 きっと雉鳥はモテる男だろうと、羽月は思った。

 やがて、肝心の料理が届く。

 主菜であるクリームコロッケは瑞々しいレタスの上に二つ乗っており、大きさを足せば手のひらに届きそうだ。

 そこにたっぷりのウースターソースとタルタルソースが付け合わせとして盛られている。

 汁物も焼き味噌の香りがふんわりと広がり、二人の食欲をそそる。

 どちらともなく、ゴクリッと唾を嚥下する。

 二人とも、最初の内は無言で久方ぶりの外食の味に舌鼓を打ち、やがて白米が尽く頃。

 雉鳥から世間話のように話題を振る。


「そういえば先輩のプロジェクト、結構順調みたいっすね。」

「クライアントが優しいだけさ。」


 羽月は月並みな答えを返す。

 実際、彼が言うようにクライアントが普段よりも無理難題を言わない気質なのは事実だ。

 資料が気に入られて、今では羽月は係長と共にプロジェクト選任扱いとなっているが、他のクライアントのように急な追加変更がない。

 それでいて、依頼事項がケアできた頃にしっかりと擦り合わせができる。

 羽月はクライアントの代表と会ったことがあるが、青年とは思えないほどしっかりした性根をしていた。

 日本人という割には高身長かつ整った顔立ちのクライアントの顔を羽月が思い浮かべていると、雉鳥は柔和に笑った。


「確かに、思えば先輩とこうやって外食できたの、いつぶりって感じっすもんね。」

「言われてみればそうだな、二つ前のやつが終わった時以来か?」

「そうっすね。俺、あの時は過労死を覚悟しましたよ?」

「まさか一週間前に変わるとはな。」

「寝袋、二人で同じの使いましたもんね。」

「雉鳥が寝袋ないって言ったからな。」

「普通、会社で寝袋使うとは思いませんって――」


 羽月と雉鳥は暫し談笑する。

 ここ数日、羽月の身の回りで起きている物事とは裏腹の、緩やかな時間が流れた。

 二人が店を後にしたのは、昼休み終了10分前のことだった――

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