第12話 喉元にナイフを押し当てられたかのような
こともなげに呟くと羽里はドリンクを一気に飲み干す。
大女優の清楚な笑顔とは似ても似つかない、彼女の粗野な仕草に羽月は面食らう。
しかし、彼はイマイチ答えにたどり着けずにいた。
何故、それが万引きに繋がるのかと。
すると、つまらなさそうに羽里は話を続けた。
「別に大した話じゃないさ。私は”アレ”の血は繋がっているけど”家族”にはなれない。
だから、せめてもの仕返しってやつ。どーせ”アレ”にとってはどーでもいいことなんだろうけどね。」
「つまり、反抗期ってやつか?」
「あ゛っ?」
羽里は殊更に剣呑な顔をしてドリンクの容器を潰す。
「うだつの上がらないリーマンに理解したようなこと言われたくないんだけど?」
「それは、まあ――ごめん」
「別に謝られたくて言った訳じゃない」
羽里はそう言うと席を立つ。
帰るのかと羽月が思っていると、彼女は容器をゴミ箱に捨てて戻ってきた。
ドカリッと雑に着席すると、顔を背ける。
「理解されようとは思ってない。自分だってわかってるんだ、こんなことしても意味ないなんてことはさ。それでも――」
羽里の声は徐々に小さくなっていき、最後の言葉は羽月の耳には届かなかった。
一転し、彼女は小馬鹿にするような顔を作る。
「それで、これが答えですわよ?おじさま?」
「万引きはこれからもするのか?」
「衣食に困ってるわけじゃないし、今日バレたんだから、もうしないさ。“万引き”はね。」
(これはまた別のことするつもりだな――)
羽月は彼女の鈍色の瞳に粘つくような妄執の炎を幻視する。
このまま放っておいても良いのかと彼が自問自答していると、羽里は興味深そうに顔を覗いてくる。
「なんでおっさんは、赤の他人の私に関わろうとすんだ?」
「正直、俺自身もわからん。」
「なんだそりゃ。おっさんも私と同じぐらいどうしようもない奴じゃねぇか。」
風に揺れる枯れ木の葉のようにケラケラと笑うと、羽里は唐突にスマホを差し出してくる。
「これは?」
羽月が瞼を瞬かせると、愉悦の混じった笑みで彼女は答えた。
「L〇NE交換しようぜ。逆に私がおっさんに興味沸いたわ。」
「なんだそりゃ。」
「断ったら、今度は立ちんぼでもするわ。」
からかうような羽里の笑みだが、瞳だけは笑っていない。
羽月は喉元にナイフを押し当てられたかのような冷たい威圧を感じ、思わず連絡先を交換してしまう。
連絡が取れることを確認すると、羽里は後ろ手に手を振る。
「じゃーな、おっさん。今日は楽しかったぜ。」
彼女はそのまま、何も言わず退店する。残された羽月は力なく、ドサリと腰を椅子へ戻す。
「楽しかったって、なんだよ――」
『いらっしゃーませー!』
『今、ナゲットが15ピース半額で――』
先ほどまで忘れていた喧噪が彼の耳に戻ってくる。
コンビニで声をかけなければ良かったと、自責の念が沸く。
ふと、鳩麦から渡された袋を思い出し、足元に置いた袋の取っ手に手をかける。
その時だった。
聞きなれた着信音と共に羽里からチャットが届く。
『よぉ、おっさん。今度デートでもしよーぜ』
彼女が居なくなった店内、羽月のため息が喧噪に飲み込まれる。
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