第11話 ”アレ”の娘、私ね。
『いらっしゃいませー!』
『チーズバーガーセットですね!飲み物は――』
『いらっしゃいませ!!』
活気ある店内に接客の声が響く。
羽月と羽里は近くのファーストフード店に来ていた。
とはいえ、実情としては泣きじゃくる羽里を見かねて羽月が連れてきたようなものだ。
ゴミ捨て場でやり取りを続けていたら近所迷惑甚だしいと羽月が判断して場所を変えたのだが、時間を置いたことでだいぶ羽里が落ち着きを取り戻していた。
もっとも、まだ羽月は彼女の名前すら知らない状態であるが。
(さて、どうしたもんか――)
彼女を咄嗟に追いかけた結果、今の状況に繋がっているが、実のところ羽月は今後のことを特に考えていなかった。
一般的には有無を言わさず警察に突き出すのが本来なのだろうが、彼の目的がそれなら二人で向かい合ってソフトドリンクなんて飲んでなどいない。
羽月が半ばまで減ったアイスコーヒーを一口分含み、ゆっくり嚥下していると羽里の鈍色の瞳が彼の目をキッと射抜く。
「それで、おっさんは私に何してほしいわけ?何?カラダ?」
「う゛っ!ゴホッゴホッ!」
彼女の口から出た思いがけない言葉に羽月は咽る。
一瞬何故そうなるのかと彼は思ったが、相手の身になってみると結論に至った理由が分からなくもない。
(そら、万引きしてるところを見られて、通報するわけでもなく一緒にお茶ってなると、そう思われるか。)
だが、それは羽月の意図するところではない。
どう答えたものかと言葉を口内で転がしていると、彼女は冷めた目でため息混じりに言った。
「別にいいけどね。男なんてそんなもんでしょ?今更、そんなん気にしないよ。」
(最近の子って言うのは進んでるなぁ……)
彼女の諦観が入り混じった語りように羽月は苦笑いする。
おそらく、今求めれば彼女は物怖じもせず差し出すだろう。
そんな凄みが彼女の剣吞な顔にはあった。だからこそ、羽月はあえて違う言葉を口にする。
「最近、あのコンビニでよく見かけてね。ちょっと話してみたいなと。」
「はぁ?何それ、ナンパのつもり?」
「ナンパ――ではないかなぁ」
「じゃあ説教でもしようっての?」
「いや、万引きした理由をきいてみたいな、と。」
結局、羽月が聞いてみたいことを言語化すると、こんな言葉になってしまった。
あまりに奇怪な質問に、羽里は怪訝そうな顔をするも本人の中で何かしら整理がついたのか、しぶしぶと言った感じで頬杖をつきながら答えてくれる。
「私のこと、どう見える?」
「どう見えるって言われても――」
言われて、羽月は机の上から見える範囲で彼女の身体を目でなぞる。
有り体な言葉で言えば、冷めた美少女といったところだろう。
水面に映る月を思わせる透明感のある瑞々しい肌はきっと世の女性たちの求めてやまないものだろう。
それに加え、湖面に浮かぶ船のような瞳はどこか影があるものの、鈍色の輝きに吸い込まれそうになる。
一方ですらりと伸びた鼻先と口元が温かみというよりは張り詰めた冷たさを印象付ける。
「まあ、整ってるかなと。」
「はっ、そらどうも。よく言われるよ。」
さして嬉しくも無さそうに自重気味に鼻で笑うと、羽里は自分の名前を言う。
「私は羽里硝子っていうんだ。羽里って苗字、聞いたことない?」
「羽里?あまり聞かない苗字だな……」
「おっさんTVとか見ない人?モグリ?」
「失礼な、毎朝ちゃんと見てるよ!でも、羽里ってことは、あっ――」
ふと、ある大女優の顔が浮かぶ。
火曜ドラマの常連。化粧品のイメージキャラクターもしていて、最近はどのチャンネルでも一日に一度は目にする。
「”アレ”の娘、私ね。」
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