第4話 彼のみぞ知る心境の変化


 事の顛末はこうだ。


 キッチンカーが今日からこの公園で営業する予定だった。


 開店のためにフルーツなどを店員が切っていたところ、その匂いにつられてハム蔵が鳩麦の頭上から逃走。


 キッチンカーの店員は突如現れたハムスターに驚きつつも、動物好きだったため、飼い主がいるのだろうととりあえず預かっていたとのこと。


 存外、ハムスターはキッチンカーのアイドルになり、それなりに売り上げもあがったらしい。


 鳩麦は平謝りだったが、店員はむしろ感謝したいくらいだと爽やかな笑みを残して去っていった。




 鳩麦と羽月の二人は、それぞれメロンソーダとアイスコーヒーを飲みながら、静かに日が傾きかけた公園を眺めていた。


 二人の視線の先では、近所の小学生達がサッカーボールを追いかけ回している。


 飲み終わろうかという頃、ポツリと鳩麦の口から言葉が零れた。




「今日は、ありがとうございました。おかげさまでハム蔵も見つかって。」


「いいよいいよ。どーせおっさん暇だったし。それよか、ハム蔵に次は飛び出してかないように言っとくんだよー」




 残り少ないアイスコーヒーを一気に飲み干し、羽月は背伸びをする。


 彼は内心、この辺りで立ち去ろうと思っていた。


 元々、ぶつかった縁で手伝っただけなのだから。


 一方、鳩麦は会ったときのように小さく口を開いたり閉じたりを繰り返した後、いつもにも増して、声を出した。




「あ、あのっ!何かお礼をさせてください!」


「えっ、いらない。」


「そ、そんな……」


「だって、これ貰ったし?」




 羽月は空になった容器を振る。


 役目を終えた氷がコロコロと涼しげに鳴った。


「あっ…でも…」




 どうやらお返しには足りないというのが鳩麦の気持ちのようで、羽月は内心嘆息する。




「じゃあ、これ渡しとくよ」


「これって?」


「おっさんの名刺。特に使う事ないかと思うけど、おっさんがなんか面倒ごとに巻き込まれた時にでも助けてくれたら嬉しいかな。」




 羽月は柄にもなくはにかむように呟く。


 無論、彼とて一介の女子高生に壮年男性をどうこうする力がないことも、この名刺に意味がさほどないことも分かっている。


 しかし、こうでもしないと折り合いがつかない気もしたのだ。


 鳩麦は再び何か言おうとしたが、今度は閉口し、「分かりました。」とだけ呟いた。




 別れ際に鳩麦は一際大きな礼をした後、ハムスターを上に乗せて去っていった。


 遠ざかる彼女の背中を見送りつつ、羽月は来た道を振り替える。




「さてと、今夜は生ビールまでつけるか!」




 失った時間は多いが、彼女と会う前より羽月の足取りは幾分か軽くなっていた。


 羽月の行く先がチェーン店の居酒屋でなく、昔行っていた行きつけの居酒屋に変更になったのは、彼のみぞ知る心境の変化だろう


 しかし、羽月一は知らない。


 鳩麦公子という不思議な少女との出会いが決して一度きりではないことを。

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