第3話 右のハムスターから、真ん中のコップに

 二人が林を迂回して行くと、何の屋台かがはっきりと分かった。


 キッチンカーの白色を基調とした壁面にはバナナや苺といった様々なクレープの写真が載っている。


 メニューを見れば、ジュースなどもあるため、軽く息抜きには良いだろうという羽月ながらチョイスだ。


 しかし、鳩麦はというと、こう言うところにあまり寄ったことがないのか、数歩分後ろから様子を窺っている。




(なんだか小学生と一緒にいるみたいだな)




 ともあれ、ここまでせっかく来たのだし、飲み物を頼まなければ冷やかしも良いところだろう。


 羽月が手招きで鳩麦を呼んだら、興味自体はあったのか、思いの外早くやってきた。


(案外、初めての物事に物怖じするだけで、実際のところは探求心が強いのかもしれないな。)




「奢るよ。鳩麦さんは何にする?ここはタピオカドリンクとかもあるみたいだけど、最近の子は好きでしょ?」


「そ、そんな、悪いです… ハム蔵探しまで付き合ってもらって、そのうえ奢って貰うなんて…ここは私が出します!」


「いや、おっさんが中学生に奢ってもらうってのも……ねぇ?」


「いえ、これお礼なので!それと、私はこれでも17なんですよ!」




 子供っぽく顔を少し桃色に染めながら頬を膨らませる鳩麦。




(17歳ってことは、高校生か。これは思いの外若いな……)




 羽月は鳩麦の年齢について驚きつつも顔には出さないようにする。


 社会人になると無駄に身に付く世渡りスキルだが、今回ばかりは役に立ったと内心安堵した。




 ともあれ、店員のお兄さんに二人分の飲み物を注文し終わり、出来上がるまで暫し時間ができる。


 鳩麦が注文の時、やけにたどたどしかったり、正味700円弱の買い物なのにいきなり万札を出したりということもあったが、些末なことと羽月は見なかったことにする。




 一瞬、彼女の可愛らしいガマ口財布の中びっしりにお札の気配を感じたがきっと自分の気のせいだと言い聞かせて。




 特に話すこともないのでキッチンカーの店員にしておくには勿体ないお兄さんの二の腕を二人とも何の気なしに目で追う。


 右から左に、左の冷蔵庫から飲み物を取り出し、右のハムスターに。


 そして右のハムスターから、真ん中のコップに――




『んっ?』




 重なる羽月と鳩麦の声。


 右のハムスター?


 一瞬、交わる二人の目線。


 そして最後に交わるお兄さん店員の目線。




「えっと、ハム蔵?そんなところで何してるのー?」


「ブモッ!?」




 案外、探していない時ほど探し物は見つかるものだと、羽月は思ったのだった。


 そして、存外ハムスターは野太い声で啼くものなのだなとも、彼は思ったのだった。




 あの後、無事に迷いハムスターが見つかり、二人は近くのベンチに腰かけていた。


 先程とは違い、二人とも顔に大分余裕がある。


 理由は言わずもがな、ハム蔵の発見である。


 騒動の主役は今、鳩麦の頭とフードの間に挟まり、でっぷりとしたからだをだらしなく開いて高イビキをあげていた。




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