第8話 黒のフードパーカーを着た少女

 結局、羽月が書類の手直しを終えて必要部数の資料印刷まで終わったのは二十時を過ぎた頃だった。

 すでに彼以外の人影は事務所にはなく、蛍光灯も彼のいる区画しか点いていない。

 係長席に書類を置いた後、何とも言えない達成感に包まれて羽月は背伸びをする。

 腰骨が伸びると同時にゴキリッと嫌な音もするが、ここ数年はこの音とも慣れてきた。

 きっと腰骨が適正位置になったのだと自身に言い聞かせながら身支度を済ませ、羽月は会社を出た。

 スマホで時刻を確認すると、二十時半だった。

 スーパーに行ったとしても、ロクな総菜が残っていないであろうと、羽月は嘆息する。


 「仕方ない。今日はコンビニで済ますか。」


 会社から自宅に向けて歩くこと十数分。

 彼が立ち寄ったのは週に何度かは通っているファミリー〇ートだ。

 本当は自宅近くにもう一軒、セブ〇イレブンもあるが、お惣菜セットのような商品まで置いてあるから羽月はこちらにしている。

 羽月は馴染みの店内通路を歩きながら、総菜エリアへと向かう。

 歩きながら目に店内の情景が映り込む。


 雑誌エリアで音楽を聴きながら読書をする大学生らしき男性。

 お菓子エリアで子供と話している母親。

 バックヤードに入っていく店員――


(あれ?)


 総菜エリアが目と鼻の先になったところで、ふと見慣れない姿が目に映る。

異様にダボ着いた真新しいタボついた黒のフードパーカーを着た少女。

 硬直しているかのように動かず、目前のサンドイッチの棚を見つめている。

 かと思えば、急に左右に顔を振ったりもする。

 振り方も妙で周囲を確認するというよりは、何かを考えているかのようで目も閉じている。

 そのせいで羽月が近づいてきていることにも気づかない。


 (まあ、そういう人もいるか……)


 少し気になりつつ、羽月は自分のおかずを選ぶ。

 ハンバーグにしようか、チキン南蛮にしようかと暫し悩んでいると、視界の端で何かが動いた気がした。

 気なしに目線を向けると、次いで背後を何かが過ぎ去る。

 サンドイッチの棚がさっきより空いている気がし、なんとなく先ほどの少女を目線で探すと店を出ていくところだった。


 (まさか、だよな?)


 嫌な予感が彼の心中で首をもたげた。

 翌朝、羽月が通勤路を通っていると、何故かいつもよりもゴミ捨て場に烏が多かった。

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