ミミック@マイホーム
妹は俺とは違い髪の毛が青みがかっている。それがおそらく外見上もっとも顕著な相違点だろう。俺は髪の毛が灰色がかった汚い色合いで、妹の方は顔も整っていて半ば神性の類を覚えてしまうナリではある。
しかしまぁ、その神性というのは内面にはまるで反映されていない。むしろ中身は蛮族のようなヤツだ。こいつの方がヨコハマに居るミミックたちよりもミミックのようなことをしているような気がする。
「……カマトトぶりやがって」
その美貌とは引き換えに失われた貞淑の存在が、あまりにも惜しいと思ってしまう。冠絶する美貌を持っている癖にヤクザなことをする妹に、正真正銘の美少女たる少女Xは妹から隠れるように俺の背中に張り付いた。
そして、それが妹の琴線に触れる。握られた拳に憤懣が蠢き、色は白くなり、プルプルと怒りに震える。あからさまに、声色は不機嫌になる。
けれど受付の女性の時のように魂が底冷えする感覚はない。
「第一なんだその顔は、キモいんだよ!」
「落ち着け! お前はもう少しカマトトぶっ」
追撃、今度は当たり所悪く口調が乱れ始めた妹に顔面を蹴られる。俺の容姿に対する著しい毀損の言葉は、その蹴り以上に酷く心をえぐる。
一度この妹には、人間は蹴ってはならないと、侮辱してはならないと教えなければならないのかもしれない。あるいは俺は、サンドバッグではないと懇切丁寧に教えなければならないのかもしれない。……もう何度も言って聞かせてはいるのだが。
あまりに狂暴過ぎる。魔物であるミミックたちよりも狂暴とはどういうことだ。
「おまえっ、今笑ったよ、このぶりっ子女! 淫売!」
怒りの対象は次に少女へと向かう。かような美しき少女に身内の端を晒してくれるなと願うとて、しかし妹はとどまることを知らない。前世はおそらく猪だ。
しかもその上、災難な事に少女は容易く妹に捕らわれてしまう。受付の女性の時も、ダンジョンで眠ろうとしていたことも、常に眠そうにしていることも、それを考えるとやはり少女はとんでもなくトロい。前世はヨコハマのミミックかもしれない。
「へへっ、バカにしやがって、このクソ女」
「……んんぅ」
もはやここまでやると演技をしている様にしか思えない典型的な三下な台詞を、年齢性別にそぐわない下卑た笑みを浮かべ吐き捨てる妹にため息が出る。
少女の上に跨る妹も、さすがに見知らぬ人に手を上げることはしないらしい。少女も逃れようと時折声を漏らしている程度で、受付の女性の時とは違い恐怖に震えてはいない。トロい少女にさえ舐められるという妹の哀れさよ。
「めんどう」
「うわっ、なにこれ!?」
少女がぽそりと小さくつぶやいた。そしてその状況が一転する。
少女が突如として煙を吐き出した。しかも火をつけた時の煙とはずいぶん違う、パステルカラーが付き、そして向こう側を見通せない良く分からない煙。いや、綿あめのような煙というべきだろうか。兎角それが少女のいるあたりから湧いて出た。
「は? どこ行った!?」
そして数十秒が経った頃だろうか、不思議な煙が部屋の中から消え去ると大股を広げて床に接する少し無様な姿をした妹しかいない。その下にいたはずの少女はきれいさっぱり、消え去っていた。
思わず、妹と同じように目を見開く。
「ニンジャじゃあるまいし、煙玉とか冗談でしょ」
きょろきょろ、と、部屋中を見回す。俺も同じく部屋を見回す。そうして俺はあるものを見つけて、脳裏の全てが白飛びし、一瞬すべてが理解できなくなった。
「なにこれ、なんでこんなもんが兄貴の部屋にあるの?」
妹は、今までそこに無かったはずのそれを突っついて首を傾げていた。
「み、ミミック」
そこには、家にある筈もない桐箪笥が立っていた。
□
あぁ、なるほど。納得がいった。
茫然とした頭で、しかし今までの疑問が一気につながることを実感する。
最初に見た、ラットを捕食している時の姿がなんら幻視ではない。あそこで眠りこけようとしていたことも偶然ではない。なにせミミックはラットやゴブリンを捕食する魔物であるし、第一あそこはミミックの棲み処だ。眠っていても、ラットを食べていても、それがミミックであったのなら何も問題はない。
しかし唯一理解できないのは、あのミミックが美少女に擬態していたこと。
今までミミックは明らかに宝箱という概念を捉え違っていたけれど、少なくともなにかを収納できるなにかに擬態していた。壺であったり、衣装棚であったり、近頃では桐箪笥であったり……ちくわはあれだか穴はあった。ちくわだって絶対にその穴に何かを入れないわけでは無い、キュウリとかゴボウとかチーズを入れたりする。
その考えで行くと人間にも穴はある。しかし人に擬態するミミックなど今までで聞いたことも見たこともない。生物に擬態することさえ聞いたことがない。
男を騙し捕食するために美少女に擬態した、そう考えればその擬態も理解はできる。しかしそれは明らかにミミックの生態から逸脱している。確かに一般的なミミックは人を騙し捕食する生き物であるが、騙し方のベクトルが大きく違う。これは、サキュバスやらセイレーンやらがするような騙し方だ。
それに、少女Xことミミックと行動している時には俺を捕食できる隙など数えきれないほどあったはずだ。あのように可愛らしい人など見たことがなかったから頬は緩み切っていたし、頭もしっかりと動いていなかった。
それは今も変わらない。
「……信じらんない、魔物と致すつもりだったの」
ミミック。その言葉を声を出すと再び煙が部屋中に満ち満ちて、気付けば俺の腕の中に入り寝息を立てていた。どうすればいいのか、脳髄が動きを停止する。
人間と変わりなく呼吸するたびに胸を上下させ、吐息を俺の身体に吹きかけるそのミミックの仕草に理性は悩殺寸前。
ようやく腕の中で眠るこの少女がミミックというよくの分からない魔物であることを理解したらしい我が妹は、もはや自慢の脚さえ動かすことをせず茫然としてこちらを軽蔑する。その視線が、その言葉が俺の心をえぐる。
「お、俺だってミミックだとは知らなかったんだ」
お持ち帰り、という邪心があったことは否めない。そこは認めよう。しかし、ミミックが美少女に擬態するだなんて、どうしたら考え付くだろうか。
魔物とナニを致そうとした異常者として本格的に妹から悍ましいものを見るかのごとく視線を受ける。それとともにゆっくりと、こちらに気付かれない様にとじりじり遠のいて行く姿に妹の拒絶が露骨に現れる。
唯一この場で混沌を収めるための鍵を知っているはずの当事者は眠りこけていた。
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