共棲@ヨコハマ

おいしい@マイホーム

 俺が異種族好きの特殊な癖を持つ人間である、という誤解はその日のうちに解くことが叶った。確かにミミックの可愛らしい擬態にはドギマギしてしまうが性別があるのかさえ分からないミミックと、ナニを致す心持ちは流石に動かない。

 しかしそれでも、妹は実の兄という存在に人間倫理的に開けてはならない扉を開き、めくりめく退廃の世界へと旅立ってしまわないかと警戒心を持っていたらしい。夜になってもいまだ目を覚まさないミミック(少女)を妹の自室へと連れて行き「変な気は起こすなよ」と釘を刺された。

 そして翌日、本格的にミミックと対話することとなったのである。


「お前は、本当にミミックなんだよな」

「……ん」

 意気込んだ問いかけ。せめて、昨日の出来事の一部分が嘘でないかと懇願してしまう。特に目の前の少女がミミックであるという事実が嘘でないかと。

 けれど、少女は残酷にも、己のことをミミックであると軽い一声と共に首肯する。


「じゃ、じゃあどうして俺についてきたんだ?」

 しかしそんなことでへこたれている余裕などこちらにはない。ちょうど食卓を挟んで真正面に座る少女ことミミックの、更に奥側にある妹の部屋からは、悪鬼羅刹もかくやと言う表情で妹がこちらの事を睨んでいる。推測でしかないけれど、状況下での油断というのは、それは死とイコールで結ばれているだろう。

 少なくとも、衝撃を受けている分にはいいが妹に向けてこの美少女らしきなにかがミミックであると、知らなかったという態度を分かりやすく見せなければならない。


「……ごはん、いっぱい、くれたから?」

「おぅ、なるほどたしかに、いや、たしかに魔物の死体とかは渡してたけどなぁ」

 しかしトロいミミックには俺と、そしてミミック自身がどのような崖っぷちに立っているのかをまるで気付いてはいないようだ。本当に、気付いてくれ、頼むから。

 本当に、ミミックとの仲を構築しようとしていたように思われるじゃないか。


「いや、でも別に俺以外にもごはんをあげてる奴は居ただろ?」

 たしかにミミックにご飯というか、餌というか、ゴミというか分からないものをあげていたのは事実だ。死んだ魔物と言うものでさえ、魔物であるミミックからすれば餌である。しかし、ミミックに餌をあげるのはヨコハマでは一般的な事である。

 たとい、ミミックに芸術性を見いださなくとも、無駄にかさばるだけの魔物の死体を持って帰るよりミミックに食べさせておいた方が楽で、早く済む。おまけにいくら魔物の死体をあげても、ミミックは狂暴化しない。だから大抵死体処理を任される。

 だから別に、餌をあげているのは俺だけではない。


「いちばんいっぱい、くれたっ」

 何故だかミミックはここで勢いづく。両手を身体の前で握り、今までは眠そうに瞼もほとんど下がり切っていたというのに、鼻息をふんすと力強く吹き、目を見開いて応答する。

 言葉足らずさや、舌足らずな感じがとても幼く思える。擬態しているナリとも少し乖離した子供っぽさには、どうにも頬が緩んでしまう。撫でてしまいたくなる。

 悪逆の徒たる妹が部屋に響くほどの舌打ちをしても、なかなか多幸感は消えない。


「まぁ、別にいいんじゃない、救いようのない癖を持った人間も平然とそこらを歩いてるんだから。もう、手遅れそうだし」

「まて、その考えは聊か早計過ぎだ! な、なあ、キミが俺についてもご飯はいつも以上にあげられないと思うんだ。だからダンジョンに戻った方がいいんじゃない?」

 しかし妹から異常性癖を持った変態であると思われながらこの後の人生を生きていくのは、少し所でなく辛い。そのうえ、可愛らしいとはいえ魔物であるこのミミックと長い人生を共に歩んでいくというのはかなり勇気がいる。

 常識なるものを己から破り捨て、投げ捨てるほどの胆力は、俺にはない。


「こっちには魔物とかもいないしさ、俺もダンジョンでしか魔物は狩ってないから、こっちに居ても仕方がないと思うんだよ」

「……?」

 魔物であるから、言葉をしっかりと理解できているのかは疑わしい。というか、そのまま流していたけれど、そもそも人語を理解できる魔物は魔人とか言われていたりする、高位の知恵のある魔物である。ミミックは、普通魔人にはならない。

 こてん、と首を傾げているミミックに果たして言葉がしっかりと伝わっているのかは分からない。ただ、コミュニケーションを取る程度の知恵は特異な事に持っているらしい。だから、せめてこれだけは伝わってほしい。

 そしてどうにか、以前の関係に戻れやしないだろうか。


「ふへっ、おいしかったよ?」

「お、おいまて誤解だ! どこ行くんだ!」

 にへら、とほおを緩ませて、一体何を食べたか分からない感想を、言い始めたところで、表情を欠落させ部屋の中に帰って行こうとする妹を引き留める。ここで、ここで帰してしまったら、俺がミミックとなにかを致したという誤解を持ったままに、今後一生涯変態として扱われるのは、絶対に避けなければならない。


「もうヤってたなんてサイテー」

「考え方、考え方が醜すぎるだろ!」

 どういう解釈をしていたらそうなるんだ。相手はミミックで、本来ミミックの主食は人間の肉である。この妹は、ミミックをサキュバスかなにかと勘違いしているのか。思った以上に、妹の頭の中というのはドピンクであるのかもしれない。


「……? その人もおいしかったよ?」

「は?」

「……おい、そこに座れ! お前は若いってのに貞淑ってものはないのか!」

 まったく、信じられない。人をなにか変態的な性癖を持ったヤツであるという、不名誉なレッテルを張った癖に、自分も似たようなことをやっていたではないか。

 至極不思議そうな顔をしてまた首を傾げているミミックの台詞に、心底不思議そうな顔をしている妹に対して、いつの間にか不貞を働いていたらしいことに対する憤慨が一気に溢れかえる。なぜミミックなんぞに身体を許したのか。

 というかなんだ、コイツは男だったのか?


「そんなことしてるわけないじゃん! てか、そっちがしてたんでしょ!」

「俺はしてねえけどな、でも語るに落ちたってとこなんじゃねえのか」

「だ、第一、いつわたしのなにを食べたっての! そんな時間なかった!」

 一人勝手に焦って騒ぎ立てている様子が、酷くあやしい。なにも疑われることがないのならば、焦る必要は何処にもない。何か疚しいことがあるから焦るのだ。


「なぁ、ちょっとその食事とやらをやってみてくれない?」

「な、なっ、なんて破廉恥なことを言ってんの!」

 しかし、言葉でわからぬのならば、やって見せれば良い。その考えからぼそりと、きょろきょろとあたりを見回しているミミックへと囁く。

 顔を赤くし、怯えたようにしている妹へ、ミミックは立ち上がりにじり寄る。

 そうして近付いたミミックは、妹へと抱き着いた。

 そしてそのまま、動きを停止する。


「あ……わたし、昨日、抱き枕にされてた」

 俺も、何度か抱きしめられたことあるわ。

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