少女Xこと……@マイホーム
「抱き着くことを破廉恥と言うのか。よかった、お前は俺が思っていたよりお淑やかに育ってくれたようだ。そしてすまないお前のことを、どピンク野郎と誤解した」
「……うっせ」
妹をひとしきり抱きしめてから、そして今度は俺へと抱き着いてきた。
それからまた、ひとしきりして、ミミックは元居た椅子に再び座りこむ。
ただただこちらの視線から必死に逃れようと、ただただ居心地悪そうにしている妹に、今までの憤慨と悪戯を込めて皮肉たらたらの台詞を吐いてやる。顔を真っ赤にして静かに反抗していた様子に、すごく満足する。
そうして、本題であるミミックの方へと目を向ける。
「それで満足なのか? いつもは魔物を食べてるんだろ?」
ラットを捕食していたというのに、なぜ抱き着くことだけで満足するのだろうか。なぜ抱き着くことだけで食事になるのか。魔物、ことヨコハマのミミックという特異、奇怪の宝庫たるの生態など、一般冒険者でしかない俺は分からない。
素人目には少なくとも、足りていない様にしか思えないのだ。
しかし、ミミックはこくりと大きく首を縦に動かした。
「よくわからんなぁ」
「おいしいよ?」
ミミックの舌足らずさというか、言葉足らずさというか、言葉だけは通じるけれど根本的に聞きたい部分は全く意思疎通できないことがもどかしい。どうして抱き着いていることが食事になるのか、と聴きたいのに返ってくるのは味?の感想だけ。
おいしくて、満足しているのならば構わないけれど、良く分からない。
「この子なんて名前なの。ミミックじゃ、良くないでしょ」
「……養うつもりなのか?」
いつの間にか部屋から持ってきたお菓子とかの嗜好品類をミミックへと渡している妹は、どうやらこのミミックを養う気が満々であるらしい。あれほどこちらを軽蔑したというのに餌付けをして、名づけにすらノリノリだ。
食費がかからないと分かったからだろうか、それとも抱き着かれたことがなにかの琴線に触れたのか。お菓子を凝視しているミミックを置いて首だけこちらに向けながらそんなことを声高く問うた。
「ミミックって危険な魔物じゃないんでしょ、だったらいいんじゃない? それよりも、この子って女の子だよね?」
「そういうわけにもいかないだろ……ミミックってそもそも性別あるのか?」
可愛らしいし、トロいし、ひ弱で、魔物であるけれども人を襲わない。いや、たしかにこんなにも可愛らしいのだから家で養いたいという気持ちが生まれるのは分からないでもない。しかし魔物であることには変わりない。原則、というより今まで、徹底的にダンジョンの外に生きた魔物を持ち出すことを治安維持隊が食い止めていたのは、ダンジョンという特別な場所以外で魔物が繁殖することを恐れたから。
ミミックが、一体どうやって繁殖するかは些か疑問ではあるけれど、ヨコハマのミミックが大繁殖したところでどのような危険があるのかは分からないけれど、けれど魔物である以上は、やるべきでない。
「……ミミックは擬態だけは上手いから、男かもしれないな」
「さすがにそれは……あるのかな?」
凝視していたお菓子をようやく一つ手に取り、口に運んだミミックは、どうにも微妙そうな顔をして口を動かしている。まぁ、それはそうだ、生ラットを平然と食べ、抱き着くことが美味しいという存在が、人間が美味しいと思うものを同じく美味しいと感じるかは些か疑問だった。
しかし、一瞬過った予測に少し背筋が凍る。見た目は完全に美少女で、時々漏らす声も可愛らしいものだというのに、本性はオス?男?であるかもしれないのだ。
「ミミックが、初めてミミックらしくしているかもしれない」
同じくその予想を、簡単に振り払うことが出来なかった妹は微妙な顔をしたままのミミックの身体をわさわさと撫でまわす。見ているとなんだか変な気分になる。
いや、しかしそれ以上に身を焦がすのが、ミミックに初めて騙されたかもしれないということ。今まで宝箱に擬態する事さえ諦めて、芸術性を取りに行くミミックに騙されることなど無かったのに(というか騙される要素がなかったのに)、実は男なのに美少女だと騙されていたのかもしれない。
ミミックに騙されるなんて……信じたくない。
「……擬態してるから、別に性別的な特徴があるわけじゃないだろ」
「そう、たしかに」
一通りミミックの身体の全身を撫でまわしてから、ようやく落ち着き手を離す。くすぐったそうに暴れていたミミックは、その隙を見てこちら駆け寄って来る。
そうか、ミミックにも触覚はあるのか。
「それは置いておいて、ねぇ、キミって名前あるの?」
「……」
これだけ不機嫌そうにしているミミックによくもまぁ、真顔でそんなことを聞けるものだ。妹の、どこか鬼畜な部分を目視したように思える。どうして、己のそばから逃げて行った相手に、純粋な瞳を向け、そう問いかけられるのだろう。
「でも、名前をつけずにミミックミミックっていうのもなぁ」
ただ、脳内で考えているだけでもミミックや少女Xと言うことに、少し鬱陶しく思えてくる。だからと言って彼女とか、彼とか、そもそも性別があるのかさえ分からず、あったとしても判別方法を知らないがゆえに、適切ではないように思える。
ペットのような扱いをしているような気分になって来るが、人間社会を生きてゆくためには名前が必要かもしれない。
「なまえ……ミミックっ!」
「いや、あの、悪いんだけど、それはキミの名前というよりは、キミの仲間全員をまとめた名前で……」
隣で再び息巻いて、ミミックであると名乗るミミックに申し訳ない気持ちが出てくる。ただのミミックに対して名前を付けることはおかしいから、何度か声を掛けることがあってもミミックと言ってしか声を掛けていない。それで誤解されたのだろう。
しかしミミックにミミックと名乗らせるのはやばすぎる。人に対しヒトと名をつけるのと大差ない。第一、魔物とバレてはいけないのだから、そんな意味不明な名づけをするわけにはいかない。
「全体的に白いからシロで良いんじゃない?」
「そんな滅茶苦茶な」
ため息を吐き隣に目線をやってみる。するとどうだろう、人間社会のありようを知らないミミックは、その滅茶苦茶な方法で考え出されたそれに、目をキラキラとさせている。なんて哀れなのだろう、やはり本質はヨコハマのミミックだ。
放置してしまえば、その辺で野垂れ死にしている気がする。
「わかった、今日からキミの名前はミクだ」
「そっちもそっちで安直じゃん」
しかし、ミミックの尊厳は守られる。なればこそ、安直だろうがそうすべきだ。
「……」
ちょっと待て、なぜシロの時より微妙な顔をしているのか。
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