お金の稼ぎ方@ヨコハマ周辺

「さてミク、話をしようか」

 あれから少し、なぜだかミクというまだ人権を保持していそうな前を拒み、ひたすらにシロが良いとごねていたミミックを説得し、頷かせてから本題を聞かせる。

 名前も重要な事であるけれど、最も重要なのは、生きることである。


「ミクは俺らに抱き着くだけで食事がすむらしいけど、俺達はお金を稼いで食べ物を買わなきゃいけないんだ。でなきゃ俺らは死んでしまう」

「……し、しぬ」

 死ぬという言葉に酷く過剰に反応するミクに微笑ましさを覚える。


「そのために俺らはダンジョンに潜ったり、あとは廃棄物をあさったりしてるんだ」

 コクコク、首を動かしていた。


「少し、俺達のことを手伝ってほしいんだ」


 □


 ヨコハマのダンジョンへの方向よりも圧倒的に暗い、闇の中に身を沈めてしまったのかと思うほどの道は久しく歩いたことがない。だからどうにも懐かしさの方が思い返される。これから、よほど面倒臭い仕事が待ち構えているのに。

 先導する妹が持つ、魔石を使用する光量の多いカンテラを目印になかなか歩きづらい道を歩く。いろんな場所に金属やらプラスチックやら、樹脂やらゴム製の破片が落ちており、ところどころで転びそうになる。もうすでに、ミクは盛大に転び、今では俺に引っ付いている。

 しかし俺も、その異常なほどに深い闇は持ってきた安い懐中電灯ではどうにも切り開くことが出来ず、精々が足元を見れるくらいで人のことを言っていられない。


「ねぇ、昔に比べてトロくなってない?」

「かもな、ダンジョンは、足場が整ってるからな」

 気付けば唯一の明かりであるカンテラはどんどんと距離を突き放しており、さすがにどうにも焦燥感を覚えてしまう。こんな場所で手元のライト一本で歩けなど、無理がある。簡単に遭難してしまう。

 しかし、妹の言うようにかつてこの道を通ったときはここまで一歩一歩を踏みしめるだけで、このような時間がかかることはなかった。ダンジョンに慣れすぎたかもしれない。転ぶのを覚悟して、足を速める。


「おまえ、少しは配慮ってものをだなぁ」

「逆になんでそんな悠長なの」

 しかし妹の行動は理解できる。

 なにせこれから行う仕事は廃棄場でのゴミ漁りであるのだから。


 廃棄場、と言っても単に俺達のような貧乏人がごみを捨てている場所、と言うわけでは無い。上層の連中の産業廃棄物や魔力に汚染された貴金属類などがここに投げ捨てられる。正直大した価値のあるものが落ちてくることはあまりないし、漁ること自体が面倒極まりない仕事であるのだが、食い扶持は得られる。

 冒険者と違って危険ではないものの、面倒臭く時間がかかり汚れる仕事だ。

 また、廃棄物でしかない以上、ダンジョンの魔物のように勝手に生まれることはない。だからこそ朝早くに出かけて、他の連中に価値あるものを見つけられるよりも先に見つけるために、妹は殆ど走っているような勢いで歩いて行く。

 少しじれったそうにしている妹に連れられて、ようやく俺達は廃棄場に着く。


「どうせ忘れてるだろうから兄貴にも説明するけど、ここで価値が高いのは貴金属、金、銀、プラチナ……ほかにもあるけどとりあえずわかりやすいのはこういうのよ」

 妹の背負っていたリュックサックから基盤の数々と、時折銀製らしき装飾品が取り出される。流石にそこまで忘れるほど月日がたったわけでは無いので少し気になる。

 しかし、ここに来るのはおそらく人……ミミック生で初めてだろうからミクはそれを強く強く凝視していた。あまりそれに価値を見いだせないのか、首を何回も傾げていたけれど、とりあえず覚えてくれたのだろうか。

 トロいから、心配だ。


「別にくず鉄を持って行っても稼げはするけど、大した価値にはならないからね。あと、ほんとたまに人間の形をした機械が落ちてることがあるけど、見つけたらすぐに拾いに行って。相当価値が高いから」

 生体兵器、と呼ばれているらしい人型の機械の残骸は記憶にある中では二度ほどしか見かけたことがない。一度目は俺がまだ妹と出会っていない頃の時、遠目に見た女性たちのグループが掘り起こした。二度目は妹と出会って一年くらいの頃に、妹が掘り出したもの。

 俺達が暮らす苫屋の如きぼろ屋も生態兵器の残骸を掘り当てたことによるものだ。妹様様である。桃園の契りならぬ、ゴミ捨て場の契りを結んで一年後のことであったから、今でも酷く申し訳なく思うけど。


「それから、兄貴はいい加減それに代わる武器らしい武器を見つけられたら見つけるべき。ゴブリンとかなら鉄パイプで殺せるのかもしれないけど、見てられない」

 次に指さすは俺の腰に掛けられた使い古された相棒こと鉄パイプ。コレもかつてここで広い武器に利用していたもの。長らく使っているお陰でいろいろなところがへこんでいたり、あるいは先端の方が錆びていたりともうあまり長くはない。

 鉄パイプ自体はこの場所にいくらでも転がっているのだが、しかし妹は鉄パイプを武器とすることを許すつもりはない。……と言っても鉄パイプ以外で武器にできそうなものなど、ここいらで落っこちているとは思えない。

 そろそろ、魔石を売った金でまともな武器を買えと言っているのだろうな。


「それと、向こう側にあるもう一つの山にはいかないでね……ミクは良く分からないけど、行かないに越したことはないし」

 そうして最後に、一番重要であるという風に声を上げながら指さしたのは、今立っているゴミの山から少し離れたところに存在するもう一つのゴミ山。

 此方は子供や女性、人々で溢れかえっていることに対して、向こう側は殆ど人はいない。ちらほらと防護服を着てゴミをあさっている連中しかいない。

 あそこは魔力汚染が酷いゴミが捨てられる場所。ほとんど距離はないけれど、向こう側に人間が生身で行くのは危険すぎる場所。そのうえ魔力汚染がひどすぎるので、大した金にもならないという、向かう価値のない場所。……確かにミクは魔物だから、魔力など大したことがないのかもしれないが、行く意味はあまりない。


「安全第一、揉め事を起こさず、仕事をしましょう」

 妹はそう言って、どこかへと立ち去って行った。

 妹はゴミ漁りのプロである。というよりダンジョンは危険だからと、俺がダンジョンに向かわせることを厭っているからなのだけれど、もとより価値あるものを見つけるのに天性の才がある。


「よし、俺達はちまちま高価なものを掘り当てるぞ」

「ん」

 じぃっと足元のくず鉄やらプラスチックを眺めているミクに尋常でない不信感が募って行くが、仕方がない。

 俺は妹たちに比べて力はあるのだ。最悪、大量のくず鉄を背負えばいい。

 そんなことを考えながらも、運よく俺の相棒である鉄パイプに変わる二代目の相棒を見つけられないかと少し下世話な考えが脳内をずっと駆け回っていた。

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