ミクの家まで@ヨコハマ
ミクを養うと決めてから二日目。今日は途轍もない探知能力をあの廃棄場で見せつけ、一気に家庭内カーストを駈け上り、俺よりも上位存在となったミクさんを連れてヨコハマへとやってきていた。といっても、ここは彼女の家であるが。
冒険者たちで溢れかえるヨコハマの入り口。いつも見慣れた冒険者でごった返す場所。しかしミクはこのように人型医療にたむろしていることなど見たことがなかったのか、おっかなびっくりしながら興味深そうに彼らの様子を眺めていた。
とはいえ、ただただ順番が来るのを立ち尽くしていても仕方がない。けれどだからと言ってそこいらで開かれるかなり高い屋台を巡るのも難儀である。だから目を見開いて集結する武装した人間を凝視するミクに声を掛けた。
「俺達人間はこのヨコハマみたいに、魔力が多くて魔物が生まれる場所をダンジョンって呼んでるんだ」
「だんじょん?」
ダンジョンで生まれダンジョンで育ちダンジョンで暮らしていた彼女に、ダンジョンのことを語るというのはすこしおかしいが、しかし教えておかねば、その辺で変なことを言いかねない。今の所語彙がないお陰で問題は起きていないが、しかし現状も未知な部分が多いヨコハマの、露わになっていない部分の知識を披露されては困る。
「ほかにもシンジュクとか、トウキョウっていうダンジョンがある」
「……えきのこと、だんじょんっていうんだ」
「――できればここであんまり喋らないでもらって。俺達人間はあんまりダンジョンについて理解できてないから、下手したら取っ捕まえられるぞ」
隙を見せればこうである。
びくり、と大きく身体を震わせて目を逸らし始めたミクの危機感のなさにため息が出てしまう。いつもはほぼすべての行動がトロいのに、あからさまにマイナスな影響を及ぼすだろうことについては、こちらが止められないほどの勢いでなしてしまう。
ミミックの知識で言う”えき”なる言葉に知的好奇心が酷いほど煽られるけれど、しかしここは叱る以外の行動が出来ない。
周りを見回す。どうやら、その言葉は聞き取られていないようだ。
少し聞き取り辛いミクの声に、一切の覇気の類が介在していないことに感謝する。
「ミクは当然ヨコハマの知識はあるだろうけど、不用意にそれを言わない方がいい」
少なくとも人を食い殺せる程度にはポテンシャルのある魔物であるミミックのミクは、そのポテンシャルを本当に持っているのか疑問を抱いてしまうほどに怯え、コクコクと首をぐわんぐわん激しく動かし頷いた。
「そこまで怯えなくてもいいと思うけど」
大丈夫だろうかこの子は。
ミミックに骨があるのかは分からないけど、今の動きは絶対に首を痛めてる。
若干固まっているミクの頭をなでる。そこにあざと可愛さを見いだしたから。
「アキトさん、いますかぁ」
聞きなじみのある声が遠くから聞こえる。いつの間にかミクの社会見学に連れられて少し受付から離れたところに来てしまっていたらしい事に気付く。
ミクの頭を撫でまわしていた手を止め、軽く「行こうか」と声を掛け歩む。
「一日ぶりですね。楽しんでいたようで何よりですね」
普段は毎日二回は顔を会わせるほどの頻度で出会っていた彼女を、一日という短いながらも今までにはそんな間隔さえ空いたことがなく、どうにも久しぶりに思える。
けれど、やはりどこかいつもとは違う様な気がする。特に笑みと言葉が。
「……楽しむ?」
先日ミクをミミックであると知らずにヨコハマの外へと連れ出してしまった日、あの日見た受付の女性はハツラツな微笑みの裏にひた隠しにしていた、人間のあくどく醜い部分を見てしまったように思う。執念深く肩を付かみミクのことを問い詰めようとしていた鬼気迫り、どうにも治安維持隊の職務から少し逸脱しているようにも思える表情が、今も瞼の裏にこびりついている。
そしてミクを見ながら言った、楽しむと言う台詞になにか裏があるように思えてならない。おかげでミクは滅茶苦茶震えている。
「いえいえっ、別に何もないですよ? それでは腕を出してくださいね?」
ふむ、しかしなんだろうかこの腑に落ちない感覚は。どうせならば妹のように直球に……なる必要はないけれど、もう少し分かりやすい態度をしてもらいたい。若干の薄気味悪さは未だ絶えることなく、それでもその根本を見つけることはできずに彼女の持つ機械に向かって腕を晒す。
ぴぴっ、と軽快な機械音が小さく鳴る。すると彼女は眼を顰める。
「そっちの子も腕を出していただけませんか?」
一体何があったのかと首を傾げるが、しかしそれよりもまず恐る恐る腕を伸ばしているミクの姿の方に目が行ってしまう。確かに人間でないミクが機械によってなにかを計測されるというのは聊か危うさを覚えてしまうが、しかし今彼女が持っているものは体内の魔力を簡易に計測するだけのもの。
魔物と人の判別をする物でない。というかおそらくそんなものはヨコハマにはない。一般的にここにはサキュバスとかの人型の魔物は出ないから。
そうしてゆっくりと腕を出したミクに対し、機械は少しした後俺の時と同じく軽快な音で応対する。
「すみません、機械が壊れてしまったようです。少し待っていてください」
「お、お願いします?」
そわそわとその女性を眺めるミクと共に、手に持った小さい機械と共に裏へと立ち去る彼女のことを眺める。何回か、素手でそれをぶっ叩いていたのを目撃し、さすがに機械を叩いても治りはしないだろうと思った。
「……あれって、なにしてるの?」
「あれは魔力っていう……ヨコハマの空気中だとか、魔物だとか、昨日のいかなかった方のゴミ山のゴミがまとってた魔力っていう者を計ってるんだよ」
「……まりょく」
あの女性が居ないうちに、と思ったのだろう。ミクが小さく声を掛けてきた。確かに伝えていなかったから、なにか途轍もなく危険なことをされているのではないかと思ってしまったのかもしれない。すごく不安な顔でそんなことを聞いてくる。
「……ぼ、ぼくのせいじゃないから」
突如としてミクは顔をふいっと背けて、つないでいた手からは冷や汗がだばだばと流し始める。それどころか、少しずつ、じりじりと俺から離れて行こうとする。
「おまたせ――一体どうしたんですか」
帰ってきたその女性、しかしこれまた俺はミクの方に視線が行ってしまった。
ミクさん、あんた、一体なにをしたってんだ。
見るからに可愛らしく、頬が緩んでしまう様なそれは、しかしこの場において治安維持隊の作り出した魔力計測器を前に引っかかるという状況ではまるで効果を成さない。流石に、許容する気持ちは起きなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます