雨の中を

車窓から見える外の景色は雨のせいでくぐもっている。線路の近くの田んぼと少しの民家が見えるだけだ。重たい雨の中特有の、少しどんよりとした空気が眠気を誘う。しばらくの間、私は欠伸を噛み殺しながら外を見続けていた。

汽車がゆったりと走っている音の中で少し微睡始めた頃、

「次は−温泉駅、−温泉駅。」

はっきりとは聞こえなかったが駅名に温泉と着くからには、きっと近くに温泉があるのだろう。単純な好奇心で汽車を飛び降り、駅のホームに立った。

無人でホームさえ苔や草が生えている寂れた駅。サァァっと地面に落ちる雨音以外は何も聞こえない。しかし意外にも、駅を出ると多くの民家が建ち並んでいた。これだけ辺鄙な土地ならみんな車を使うだろうし、駅が寂れてしまうのも当然か。

駅の壁にあった地区の地図で大体の道順を確認し、温泉に向かう。温泉までの道のりは民家ばかりで、土産物屋も生活品などを売っている小商店もない。

「こんな所に本当にあるのかなぁ。」

段々と不安になりながらも歩を進めた。ようやくそれらしき看板を見つけて路地裏に入ると、急階段があらわれ、その先に温泉宿が見えた。大股で、ざらついた古いコンクリートの階段を登る。温泉宿からは窮屈に所狭しと建てられた民家の屋根が小雨の中で濡れていた。

入ると、玄関の中央に券売機が一台置かれている。販売しているのは入浴券だけで、貸しタオルのようなものは無いらしい。おそらく近隣住民くらいしか使わないからだろう。まあ、手で洗えばいいか、くらいに考えて浴場へと向かう。10人入るかどうかの狭い脱衣所に荷物を置き、浴場にはいる。石造の床と古そうな木の壁。何より先客がいなかったことに鈴河は胸を撫で下ろした。備え付けの見たこともないボディーソープで体を洗って湯船に浸かる。

「静かだ…」

どぼどぼと音をたてて注がれるお湯以外何も聞こえない。丁度良い湯加減でいっときの間、鬱陶しい雨のことを忘れて、ただぼおっとしていた。

「そういえばタオルないじゃん…」

髪は備え付けのドライヤーで乾かせたが、体の方はなんとか乾くのを待つしかない。他の人が来る前に早く乾いてくれ、と祈りながら鈴河は首を振る扇風機に合わせてカニ移動を繰り返した。

来た道を、来た時より少し足早に引き返す。汽車の時間に間に合うように。

駅に着くと、丁度帰りの電車が着く頃で、鈴河はさっと飛び乗った。プシュー、ゴトンと扉が閉まり、無人駅を後にする。

「変な場所だったなぁ。」

幽霊街だったのかもしれない。なんて。

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脱サラ @24Rosmo

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