第30話 好きだったのに!
体育館を出た僕たちは、それぞれ手分けして探すことになった。
杏奈のブレザーのポケットには、色付きのリップとポケットティッシュが入っているらしい。……とは言っても、文化祭で人がごった返す中で一着の上着を探すのは困難だ。
ただでさえ、ワイシャツの上からエプロンを着けたり出店のロゴが入ったTシャツを着たりする生徒が多く、ブレザーがあちこちに放置されている。
それを見つけるたび、事情を話してポケットの中を確認させてもらうのだが、あまりに非効率で終わりが見えない。
「あっ、お兄ちゃん。どしたの、こんなとこで。店はいいの?」
途方に暮れていた僕の前に、あちこちの出店で買い食いをしたのか大量のゴミを抱えた美墨が現れた。
「……なんだ、お前か」
「ひっど、何その反応!? 可愛い妹に会ったんだし、泣きながら喜びなよ!」
「こっちは忙しいんだよ。杏奈が大変なんだから」
そう言うと、美墨は「え?」と目を丸くした。
「どういうこと? 迷子になったとか?」
「ある意味そうだな。あいつとベストカップルコンテストに出たんだけど……あ、僕は嫌だって言ったんだぞ。終わってみたら、生徒会に預けてたブレザーが無くなってて。たぶん、誰かに盗まれた」
「た、大変じゃん! わたしなんかに見惚れてないで探しに行きなよ!」
「見惚れてねえし、ずっと探してんだよ!」
走り出そうとした僕を、美墨は「待って」と呼び止めた。
まだ何か用があるのか。若干苛立ちながら振り返ると、美墨は僕の首へと手を伸ばす。
「な、何だよ」
「じっとしてて。……これで解決するかわかんないけど、無駄にあちこち探すよりはいいと思うから」
僕のブレザーの襟の裏に指を滑り込ませ、ブチッと何かを引き千切った。
見ると、それは小さな長方形の機械だった。
「盗聴器はダメ、スマホのハッキングもダメ……だったら、ICレコーダーならいいかなって。すごいんだよこれ、結構な時間録音できるし。お兄ちゃんの部屋に行った時、バッテリー満タンにしたのと交換すればいいだけだし」
「お前、何てもん制服に仕掛けてるんだよ……」
「制服だったら簡単に洗ったりしないし、家でも学校でも着るからちょうどいいかなって。賢いでしょ」
普段なら拳骨ものだが、今この場においてはよくやったと褒めてやりたい。
調子に乗るだろうから、口には出さないけど。
「犯人が何にも喋ってなかったら意味ないからね。声が録れてても、それが誰の声かは流石のわたしでも特定のしようがないし」
「何でもいい。さっさと再生してくれ。たぶん、ここ一時間くらいの出来事だと思うから」
イヤホンをICレコーダーに接続し、美墨は音声を確認し始めた。
早送りしたり巻き戻したりしながら、およそ十分。美墨はぴくりと眉を動かして、僕に片方のイヤホンを差し出す。
「ちょっと聞いてみて」
再生された音声はひどくくぐもっていたが。
『――あったあった。天城って書いてある』
『ふふっ。あの女、どんな顔するだろうね』
鼓膜を揺らすそれに、僕は目を見張った。
「ここしか録れてなかったけど、たぶんこの人たちだよね。……これ、誰かわかる?」
「……ああ」
そこに記録されていたのは、杏奈が柳田から説教を受けるきっかけを作り出し、僕が陰口の現場を撮影した女子二人の声だった。
◆
「こんなとこに呼び出して何のつもり?」
「ウチら暇じゃないんだけど」
あの二人組は、自分のクラスの出店で呑気に友達と駄弁っていた。
話があるからと無人の教室へ移動すると、既に何か察しているのかひどく機嫌が悪い。
「とぼけるなよ。お前らが一番よくわかってるだろ」
「はぁ? 何言ってんのあんた」
美墨から預かったICレコーダーを再生した。
そこに記録された証拠を聞いて、二人は明らかに顔色を変える。
「な、何それ。気持ち悪っ」
「マジやばいでしょあんた。そんなの録って、ウチらのこと好きなわけ?」
まだどうにかなると思っているのか、苦し紛れにヘラヘラと唇を歪めた。
「うるさい、気持ち悪いのはお前らだろ。小学生みたいなことするなよ。杏奈がお前らに何やったっていうんだ……!」
頭に血が昇り過ぎて眩暈がしそうだ。
冷静になれ、僕。今ここで怒り狂っても、何も解決しない。仮に手を出せば、僕が悪者扱いされかねない。大きく呼吸しながら、早まる心臓をなだめる。
「何やったって……? アタシらが何もしてないやつに、嫌がらせしてると思ってんの?」
「ちょ、ちょっとミカ」
「もういいって。認めなくても、あんなの録られてたらアタシらが悪いことになるし……」
二人は大きなため息をついて、諦めと苛立ちの入り混じった表情で僕を見る。
「アタシら、あの女と同じ中学なの」
「……ウチもミカも、あいつに彼氏とられたんだよ」
「はぁ? そんなことで――」
そう言いかけた僕に、一人が近くにあったボールペンを投げつけてきた。
「そんなことじゃないッ!!」
あまりの激情に、一瞬僕の中の怒りが吹き消えた。
ツカツカと大股で近寄ると、僕の胸倉を掴み上げる。
「本気で好きだったのに! 本当に、本当に、好きだったのに! あの女、当たり前みたいな顔で付き合って、すぐに別れてさ!! 許せるわけないじゃん!!」
瞳にいっぱいの涙を溜めて吐き出す様に、嘘偽りは感じなかった。
その人のことが本当に好きで、本当に悔しいのだろう。
それは理解した、――が。
「被害者面はやめろよ」
息苦しいため、僕の服を掴む手を振り払う。
彼女らの境遇を考慮しても、僕が怒るのをやめる理由は一つも見つからない。
「何だよそれ。泣けば杏奈への嫌がらせが正当化されるのか?」
「でも、あの女は――」
「告白されたら誰とでも付き合ってたって、あいつ言ってたぞ。それって、杏奈が奪ったんじゃなくて、お前らが捨てられただけじゃないのか。好きな人を敵にしたくないってのは理解できるけど、だからって悪くもないやつを悪者にするなよ」
「っ!! あ、あんたに何がわかるのさ!!」
この反応を見るに、どうやら図星だったらしい。
二人は唇を噛みながら、今にも襲い掛かりそうな顔で僕を睨む。
「……別にお前らの気持ちがわかりたくて、わざわざ呼び出したわけじゃないし。杏奈の制服をどこにやったか教えてくれ。あと、もう二度とこんなことはするな。約束してくれるなら、生徒会と杏奈に犯人探しをしないよう頼むし、このデータも表には出さないから」
二人は既に、僕が撮った動画が原因で柳田から呼び出しを受けている。
更にこの一件が表沙汰になれば、退学はなくとも停学くらいの処分は下るだろう。
しかも今回は、生徒会主催のイベント中に起きたことだ。僕と杏奈は元より、生徒会も犯人が誰か知ることになる。そうなったら、悪い意味で校内に名が広まることは想像に難くない。
「脅したって……う、ウチらは、絶対謝らないからね」
「そんなのどうでもいいんだよ。大体、謝って許してもらおうなんて虫が良すぎるだろ。一生そうやって他人を逆恨みして、恥の上塗りをしながら生きていけばいい。……僕はただ、これ以上杏奈に関わるなって言ってるんだ」
正直、これは僕のエゴだ。
謝罪というのは、被害者と加害者の双方にメリットがある。杏奈を人前で泣かせて、学校生活を終わらせようと画策して、こんな古典的な嫌がらせをして……そんな彼女らが救われて欲しいなんて、僕は一ミクロも思わない。杏奈が謝れと言うなら、話は別だが。
「さっさと決めろよ。もう関わらないのか、まだ惨めなことを続けるのか」
二人は顔を見合わせ、数秒置いて頷いた。
悔しそうに、歯を食いしばりながら。
◆
「あーいたいた! 探したんですよー!」
あの二人組と別れて廊下を歩いていると、後ろから一緒に制服を探しに出た生徒会役員に声をかけられた。
「丁度よかった。制服がありそうな場所に心当たりがあって。今、そこに向かってるんです」
「それなんですけど、無事見つかりました! 天城さんから何か聞いてませんか?」
「え? い、いや……」
「本当にすみません! 今回のことは、こちらの管理が行き届いていなかったのが原因です。天城さんには既に話ましたが、制服のクリーニング代は生徒会でもつので……」
そう言って深々と頭を下げ、忙しそうに駆けて行った。
生徒会って大変だなぁ、と背中を見送って。
ポケットからスマホを取り出し、杏奈から何かメッセージが来ていないか確認する。
【アンナ:先帰る】
【アンナ:ごめんね】
表示されていた文字に、僕は眉をひそめた。
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