第29話 付き合ってください

「真白って何だかんだいって、あたしのこと結構好きだよね」

「……うるさい」


 クイズを終えて、僕は頭を抱えた。


 僕と杏奈が付き合っている、という情報はあたかも本当かのように広まっているが、僕はそう言われるたび否定してきた。

 しかし、こんな場所でこんな結果を叩き出しておいて付き合っていないというのは、無理があるような気がする。そんなことを言うやつがいたら、大丈夫かこいつ、と僕なら思う。


 何で真面目に回答したんだよ、僕は。

 適当に書いときゃよかっただろ。


 ……まあ、そんなことをしたら、杏奈を傷つけたんじゃないかと後で絶対にへこむからできないわけだけど。

 もうちょっと強いメンタルになりたい。

 他人を傷つけてもへこたれない、そんな心に。


『さてさて! 次は、彼女さんからのラブレター朗読です! これは愛の告白でも、普段の感謝の気持ちでも、エモければ何でもOKッ!! 観客の皆さんの拍手によってポイントが決まりますので、皆さん、厳しい目で審査してあげてください!!』


 司会の声に、「待ってたぞー!」と観客は大盛り上がり。

 よく知らないが、目玉イベントらしい。確かに最初のクイズより、エンタメ性は高いような気がする。


『それでは、参加者の皆さんは、お呼びするまで後ろで待っていてくださーい』


 そう言われ、後ろに設置されたパイプ椅子に移動した。

 まずは一組目、さっき痴話喧嘩をしていたカップルだ。壇上の中央に向かい合って置かれた椅子に座ると、彼女の方が黒子からアコースティックギターを受け取った。


 僕が思った以上にラブレターの解釈が広いらしく、その女子は自作の歌と曲を披露した。

 これがもう、バカみたいに上手い。おそらく音楽系の部活の人なのだとは思うが、さっきの険悪な空気が何だったのかと思わせられるほど、会場はしっとりとした空気に包まれる。


 その次のカップルは、プロジェクターでそれっぽい曲をBGMに写真を流し始めた。更にその次の組は濃厚なキスをおっぱじめて黒子に退場させられたりと、各々何でもありの殴り合いである。


「……変なことはするなよ」

「変なことって……?」

「さっきの……キス、みたいな」

「しないよ。あたしは直球勝負だから」


 不安に苛まれながらも、段々と僕たちの番が近付き。


『さて! 最後は、先ほどのクイズで全問正解を達成したラブラブな佐伯&天城ペアです! よろしくお願いしまーす!!』



 ◆



 頭上から降り注ぐライト。

 熱を帯びた光に照らされながら、僕たちは向かい合って座る。

 体育館の外から入り込む文化祭の喧騒だけが、会場の空気を揺らす。


 何をするのだろうと、心臓が早まって仕方ないの僕に、杏奈はニコリと笑みをかけた。

 そして立ち上がり、ポケットから一枚の紙を取り出す。


「今回、コンテストに無理やり参加させてごめんなさい。真白が嫌と言えないのをわかっていてやりました。……こういう場じゃないと、ラブレターなんて恥ずかしく書けないと思ったから」


 他がバラエティに富んでいた分、杏奈の文字通りのラブレターの朗読に皆聞き入っていた。僕も不安がすとんと落ち、耳を傾ける。


「真白も……たぶん会場の何人かも知っていると思いますが、あたしは告白されたら誰とでも付き合っていました。あたしは自分が大好きだから、好かれている自分が好きでした。好きと言われるのが嬉しくて……ただ、それだけでした」


 一瞬、杏奈は不安げな瞳で僕を見た。

 僕はどう反応すればいいかわからず、とりあえず頷く。大丈夫だと、目で訴える。


「……でも、真白と出会って、初めて自分から好きになりました。苦しくて、寂しくて、嬉しいのが、好きだと知りました。あたしがあたし以外を想えるようになったのは、真白のおかげです」


 その声に先ほどの迷いはなく、青く澄み切っていた。


「真白はあたしに好きって言われて、いつも困った顔するけど……でも、あたしはやめません。あなたに教えてもらったこの素敵な気持ちは、あなただけに渡したいから。好きです、大好きです」


 ラブレターを畳み、じっと僕を見つめた。

 赤くなった頬。緊張からか瞳には薄く涙の膜が張り、唇の隙間から声にならない声を紡ぐ。一拍置いて小さく深呼吸し、大きく口を開いて、



「……――あたしと、付き合ってください」



 先ほどまでいい雰囲気だった観客たちだが、最後の一言で頭上に一様に疑問符を並べた。

 しかし杏奈は満足気な笑みを浮かべて、「以上です!」と一礼する。


 それでようやく観客たちは終了したのだと理解し、パラパラと拍手を送った。僕たちは一旦後ろへ引っ込み、次の指示を待つ。


「ねえ、どうだった?」


 そう耳元で囁いて、ニシシと笑って見せた。


「……恥ずかしかった」

「えー、それだけ?」


 不満そうに頬を膨らませる杏奈を無視し、視線を足元へ移す。

 それだけ、なわけがない。……すごく嬉しかった。


 あそこまで真剣な声で言われたことがなくて、彼女の本心に触れられて、顔が焼けそうで仕方ない。


「ねえ、真白」

「な、何だよ」


 ぶっきらぼうに返すと、膝に置いた手に杏奈の手が重なった。


「返事、いつでもいいからね」


 静かだが、それでいて力強い声音に、僕は小さく頷いた。



 ◆



 最初のクイズでは満点を取った僕たちだが、最終結果は下から二番目だった。

 この順位はわかっていたことだ。どれだけクイズで正解しようと、杏奈のラブレターが素晴らしくても、最後の審査が歌の時点で僕たちに勝ちの芽はない。


「……なんか、ごめんね」


 優勝し表彰されているカップルに拍手を送りながら、杏奈は沈んだ声でそう言った。


「まさか真白が、あそこまで音痴なんて知らなくて……」


 僕の歌のスキルは壊滅的だ。

 小、中学校の頃は、わざとやってるだろと音楽教師をブチギレさせたこと数十回。合唱会へは口パクで参加するように言われるほど、改善の余地がない。

 

「気にすんな。みんな笑ってくれたし、余興としては十分だろ」

「あたしが、もっとちゃんと歌えてたら……」

「無理だって。僕の相方がグラミー賞の受賞者でも、どうにもならないよ」


 下手な歌を人前で披露したのは恥ずかしかったが、この順位に収まったのはある意味成功だ。

 カップルでもない僕たちが優勝するなんて、他の参加者のメンツを潰しかねない。


『それでは最後に! 参加してくださったカップルの皆さんに、大きな拍手をお願いします!!』


 僕たちは一礼して、舞台袖へ足先を向けた。


「楽しかったよ」

「え?」

「こういうのって、僕とは縁のないものだと思ってたし。何かすごい、文化祭って感じがした」

「ほ、本当? なら……うん、よかった」

「でも、来年は参加しないからな。二回も下手な歌聞かせたって面白くないだろ」


 全身に拍手を浴びながら退場し、Tシャツを脱いで生徒会に返却する。

 このダサい服とも、二度と会うことはないだろう。


「……おい、どういうことだ」

「すみません。確かに、ここにちゃんと……っ」


 生徒会役員たちが集まり、ざわざわとし始めた。

 一人の女子が僕のブレザーを持って来て、「あの……」と申し訳なさそうに杏奈を見る。


「天城さんの制服がどこにも見当たらなくて。ハンガーに掛けて、名札を付けて保管していたので、失くしたり誰かと間違えたりはしてないと思うんですけど。……コンテスト中は誰もハンガーラックのそばにいなかったので、盗まれた可能性もあります」

「盗まれた……?」


 僕が聞き返すと、彼女は「可能性の話、ですが」と返した。


「とにかくこちらで、責任を持って探します! 絶対に……絶対に見つけるので!」


 深々と頭を下げて、青い顔をしながら走り出した。「あたしも行く!」と、杏奈はそれについて行く。

 当然、僕も同行する。……にしても、何だこの胸騒ぎは。


 自分の制服かどうかなんて、サイズと匂いで何となくわかる。

 仮に誰かが間違えて着て行ったとしたも、一着余らないと説明がつかない。


 可能性の話、などと濁したが、盗まれたと考えるべきだろう。

 誰がそんなことをする? 杏奈のことが好きな変態か? スクール水着を盗むとか、リコーダーを盗むとか、そういうノリなのか?


 ……それとも。

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