第5話 好き過ぎて、ムリ
「はぁー、美味しかった。ご馳走さまー!」
「ん。お粗末さまでした」
ご飯もおかずも全て綺麗に食べ切り、天城は若干苦しそうにしながら天井を仰いだ。
実家の
「聞きたかったんだけど、何で佐伯って一人暮らししてるの? 実家から高校通うの、結構大変な感じ?」
「実家はそんなに離れてないんだけどな。うち、十三人家族なんだ」
「じゅ、十三!? すごい、大家族じゃん!」
「そのせいで家が狭くて、苦労が多いんだよ。だからどうしても一人暮らしがしたくて、色々条件は付けられたがようやく許してもらったんだ」
汚れた食器を水に浸して、テーブルに戻った。
床に腰を下ろして、ふぅとひと息漏らし天城に視線を飛ばす。
「不純異性交遊が見つかったら、即実家送りなんだ。頼むから変なことしないでくれよ」
「この部屋、監視カメラでも付いてるの? じゃなきゃ、バレようがなくない?」
「……」
「え、待って。どっかで見られてるわけ?」
「確かなことは言えないけど、前に盗聴器が出て来たんだ。さっきも言っただろ、うちの家事は担当制だって。僕が抜けて妹にしわ寄せがいってるから、あいつ、一刻も早く家に連れ戻したいんだよ」
更に合鍵を使用して、無断で様子を見に来ることもある。
それは早朝かも知れないし、夜中かも知れない。一週間連続で来ることもあれば、二週間空くこともある。僕が油断してやらかす瞬間を、虎視眈々と狙っている。
「じゃあ、この会話も聞かれちゃってるのかな」
「一応、盗聴は流石にやり過ぎだろって怒ったけどな。平気で一線超えてくる奴だから、油断できないんだよ。家の中でも外でも」
「ふーん、そっか。大変だねー」
めちゃくちゃ他人事だが、お前のせいで僕は今過去最大のピンチに陥っているんだぞ。
……まあでも、背に腹は代えられない。彼女がいれば、僕の勉学面は安泰なのだから。
「天城は何で一人暮らししてるんだ? 実家から距離的に通えないのか?」
何の気なしに問いかけると、天城はふっと表情を曇らせた。
よくわからないが、まずい質問をしてしまったような気がする。
「うち、元々母子家庭でさ。中学の時に再婚してパパができたんだけど、その人に乱暴されて……」
「……ごめん。変なこと聞いて」
「まあ嘘だけどね。全然仲良くやってるよ」
「っ! お前なぁ、そういうのマジでやめろよ! 心配しただろ!?」
声量のメモリがバグったように、自分でも思った以上に大きな声が出てしまった。
近隣から苦情が来ないだろうか――と、心配もそこそこに、天城が驚いた顔で固まっていることに気がつく。
「悪い、いきなり大声出して。でも、そういうこと言われたら心配するからさ」
「あたしこそ……ご、ごめんね。前に付き合ってた人、この冗談で笑ってくれたし。佐伯も面白がってくれるかな、って」
「……あんまり他人のこと言いたくないけど、そいつどうしようないやつだぞ。お前が苦しんでたかもしれないのに、それを笑うってどんな神経してるんだ」
顔も名前も知らない男に対し、ムカムカとしてきた。怒ったところで仕方がないとわかりながらも、胸糞の悪さに歯噛みする。
「……」
天城は僕を数秒見つめると、おもむろにベッドの掛け布団を引き寄せ頭から被った。
突然の奇行に昇っていた熱が冷め、「何してるんだ?」と尋ねる。
「見せたくないの。今、ニヤけてだらしない顔してるし」
「は?」
「そういうつもりで言ったわけじゃないのに、いきなり好感度上げないでよ」
「いや、そんなこと言われても」
「……好き過ぎて、ムリ。ほんと、胸苦しいから」
布団の隙間から覗く潤んだ瞳に、僕はごくりと唾を飲む。
にへら、と。一瞬、僕の顔が溶けたような気がした。
すぐさま頬を叩き、ぶんぶんと顔を振る。
やめてくれよ、僕の純情を侵食するのは。
「……んで、結局何なんだよ。一人暮らししてる理由は」
無言の時間が息苦しくなり、何でもいいから話題が欲しかった。
天城はむくっと立ち上がり、布団を脱ぎ去って玄関へと向かう。
扉を開いて、その足で自分の部屋へ。すぐさま再び扉の開く音が響き、パタパタと僕の部屋に戻って来る。
「これ」
「ん? ファッション誌?」
「あたし、これに載ってるの」
「マジで!?」
天城の見た目は、学校内で間違いなくトップクラスだ。
そりゃこれだけ可愛ければ、学校の外でも評価されるだろう。
「まだ全然稼げてないけど……あたし、この業界で生きていきたくて。上を目指すなら、まずは自立しなきゃって思ったんだ。親の世話になってたら、頑張らなくても食べるのに困らないしさ」
おずおずと、自信なさげに。
丹念に言葉を選び取って綴る様は、真剣そのもの。
「まあ、その……意識高い系とか見た目の割に考え過ぎとか、結構言われるんだよね。あたしも正直、バカだなーって思うし。あ、あははっ」
と、今度は茶化すような声音で付け足した。
ひとの夢を聞いて、その夢を実現するまでの道筋を聞いて。
意識高い系だの考え過ぎだのと揶揄するような連中が、天城の周りには沢山いるらしい。
前の彼氏に先ほどの冗談を話したのは、本当のことを話してバカにされたくなかったからではないか。自虐ネタのようなもので誤魔化す方がマシだと、考えた結果なのではないか。
答え合わせもしていない、まだ僕の思い込みの域を出ていないのに……。
どうにもムカついて仕方がない。
「自分のこと、悪く言うなよ。天城をバカにするやつは、ただ僻んでるだけなんだから」
「そう、かな」
「天城はすごいよ。僕なんか、ただ自分の部屋が欲しいってだけなのに。お前、成績もよくてそこまで考えてて、頭の中どうなってるんだ」
やりたいことは何かと聞かれても特に無くて、バイトで稼いだ金は遊びに消える。それが多くの高校生だろうし、間違っているとは思わない。
だけど、天城にはやりたいことがあって、成りたい自分があって、そのために何をすべきか頭を振り絞っている。
それは間違いなく、疑いようがなく、格好いいことだ。
外野からの野次を反映して、過小評価していいものではない。
「ちょ、ちょっと待って」
困ったように眉尻を寄せて、頬を紅潮させて。
天城の右の手のひらが、ぴったりと僕の口を覆い隠す。
「だから、いきなり好感度上げないでっ。ほんとに苦しいんだから……!」
天城は胸に手を当て、小さく息を切らしながら言う。
揺れ動く瞳。薄く開いた唇。手のひらはじんわりと汗ばみ、僕の口の周りを湿らせた。
呼吸すると鼻息がくすぐったいのか、彼女はピクピクと頬を痙攣させる。その僅かな身動ぎにより、金色の髪の切れ間からピアスが覗き、きらりと光を反射し存在感を示す。
「よ、よし……攻守交代!」
「?」
「今から、佐伯好きーってなっちゃうようなこと言うの禁止! あたしの番だからね!」
何を言ってるんだこいつはと睨みつつ、天城に腕を引っ張られて腰を上げた。
しかし、次にまばたきした時には――。
「へへへっ。覚悟しろぉー」
天城は僕をベッドに押し倒し、ガオーと片手を怪獣の形にして笑った。
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あとがき
投稿初日から、たくさんのフォローありがとうございます。レビュー、コメント等いただけますと執筆の励みになります。
明日以降も毎日更新していくので、よろしくお願いします!
(2022/1/11)
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