第4話 恥じらうとかしろよ


「へぇー、ここが佐伯の部屋かー」


 学校から帰宅後、天城は自分の部屋へは寄らず、そのまま僕の部屋にやって来た。

 間取りは変わらないし、うちに特別面白いものなどないのだが、彼女はふむふむと頷きながら周囲を見回す。


「よいしょっと」


 天城が断りもなくベッドに寝転んだことで心拍数が一気に跳ね上がった。


「な、何で寝てるんだよ! せめて普通に座れ!」

「えー? だって、佐伯と一緒に寝てるみたいになれるじゃん」


 お前はそんなこともわからないバカなのか、と言いたげな目を向けられたが、この場合僕には何の落ち度もないと思う。


「こうしておいたら、佐伯も毎晩あたしを感じてくれるよね」

「ちょ、おい!」


 おもむろに枕へ手を伸ばすと、そのままぬいぐるみのようにギュッと抱き締めた。

 匂いを染み付けるように身をよじる仕草に堪らず声を張り上げるも、天城はニヤニヤと笑うだけで効果がない。


「……もうわかったから、勉強にしようぜ。ちゃんとわかりやすい授業してくれるんだろ」

「せっかちだなー。もう少しゆっくりしてもいいじゃん」

「僕は天城と違って、そんなに時間ないんだよ」


 万が一にでも授業の質が悪ければ、その時点で追い出してやろう。

 そう心に誓って、テーブルに広げっぱなしだった筆記用具に手を伸ばす。




 ◆




 天城の授業は、文句の付け所がない超絶わかりやすいものだった。

 それはもう、悔しいほどに。恐ろしいほどに。

 まだほんの一時間しか経っていないのに、普段の数時間分の密度。これなら確かに、何の問題もなくテストに臨めそうだ。


「お腹空いたねー。どっか食べに行く?」

「そんなお金ないし。僕、いつも自炊してるから」

「え、すごっ。あたし、佐伯の手料理食べてみたい!」

「いいけど、あんまり期待するなよ」


 腰を上げて、キッチンへ向かった。


 一人暮らしを始めてわかったことだが、一人での自炊は何かとコスパが悪い。

 そこで僕は、一度に大量に作り細かく分けて保存している。こうすることで、料理の手間もコストも最小限に抑えられる。


 冷凍していたキャベツと豚こまの生姜炒めを電子レンジへ。昨日作って冷蔵庫に入れていた大根のそぼろ煮は、キンキンに冷えていた方が美味いためそのまま食卓行き。今朝のうちに炊いておいたご飯をよそい、インスタントの味噌汁を作って――ものの十分で、夕食が完成した。


「すっごーい! なにこれ超すごい! これ全部、佐伯が作ったの!?」

「味噌汁以外はな」


 「いいから食おう」と急かして、両手を合わせて箸を取った。

 天城は生姜炒めを口へ運び、大袈裟に感動して白米をかき込む。美味しく食べてもらえるのは、見ていて悪い気はしない。


「いや、本当すごいよ! 料理教室とか通ってたの?」

「うちの実家、家事にそれぞれ担当がいるんだ。僕は食事担当で、小学四年生くらいからずっと作ってたし、大抵のものは作れるようになった」


 冷たいそぼろ煮は、熱いご飯によく合う。

 昨日作ったのもあり、大根によくだし汁がしみ込んでおり美味い。


「へぇー。じゃあ結婚したら、佐伯には主夫になってもらおうかなぁ」

「ぶへぇ!」


 思い切りむせ、鼻からそぼろが飛び出した。


「どれだけ話をすっ飛ばしてるんだよ! け、結婚って……!」

「やだなー、冗談だって」


 心臓に悪い冗談だ。

 まだ鼻の奥にそぼろが残っており、ティッシュを一枚取りフンと鼻をかむ。


「……でもお前さ、本当にいいのか」

「何が?」

「助けられて惚れたってのはわかったけど、それだけで僕のこと何にも知らないだろ。僕が天城からの好意を悪用するような奴だって可能性もあるんだぞ」


 言うと、天城はきょとんと目を丸くした。

 口に入っていた白米をモグモグと咀嚼し飲み込むと、口元をゆっくりと緩める。


「そうだね、何も知らない。でも、それってすごく楽しみなことじゃない?」

「た、楽しみ?」


 聞き返すと、天城は箸を置いて四つん這いでこちらに近寄って来た。

 ぬっと手を伸ばし、その指先は僕の口元へ向かう。人差し指が攫って行ったのは、僕の頬に付いていたご飯粒。それをぺろりと舐め取り、ニシシと八重歯を覗かせる。



「これから沢山、佐伯の好きなところを見つけられて、もっと好きになれるってことでしょ?」



 絵に描いたようなポジティブ思考に返す言葉もなかった。

 ちょっと嬉しくて、ちょっと顔が熱い。負けじと歯を食いしばるも、恥ずかしくて目線を逸らしてしまう。


「ていうか、好意を悪用するような人だったら、そんな心配するわけないじゃん」

「そんなこと言っていいのか? 男はみんな、獣なんだぞ」

「あ、じゃあご飯終わったらシャワー浴びて来ればいい感じ? その前に替えの下着取って来るね」

「軽いっ! もうちょっと恥じらうとかしろよ!?」

「……灯りは消してね」

「そういう恥じらいじゃねえから!!」


 鈴を鳴らしたようにコロコロと笑う天城を半眼に睨みつつ、僕は味噌汁をすする。

 会話の内容はともかく半年ぶりの騒がしい食事は、正直すごく楽しかった。


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