生きる意味

『ほら、早く起きなさい!』

『わっ!?』


 自分の目の前に、見覚えのある女の子が俺の顔を覗きこんでいた。

 その様子に驚き、変な声が出てしまった。


『やっと、起きた。もう、御寝坊さんなんだから、■■■■』

『あ、おはよう。■■■』


 俺は彼女の事を知っている。だけど、名前が分からない。

 彼女の声も、所々ノイズが走ったかのように聞こえなかった。俺の名を呼んでいた、と思う。だけど、俺の名前がかき消された。


『ほら、早く起きないと朝ごはん無くなっちゃうよ』


 俺は彼女に引っ張られるように起こされると、そのまま扉の向こう側へ連れて行かれた。

 

『おう、漸く起きたか、■■■■』

『もう、■■■■は■■■ちゃんがいないと、朝も起きれないだから』

『おはよう、おとうさん、おかあさん』


 ああ、そうだ、これは昔の記憶だ。

 ずっと若い父さんと母さんがいて、いつも俺を起こしに来てくれた■■■が居たんだ。

 いつまでも、続くと信じていた、当たり前の日常が‥‥‥‥


□□□


『■■■、俺と結婚してくれ!』

『■■■■‥‥‥‥うん、いいよ』


 彼女の眼には涙が零れて、顔は笑っていた。

 ああ、俺は帰ってきたんだ。そう思って、俺は泣いていた。

 これから、あの日の様な日常が帰ってくるんだと、思ったのに‥‥‥‥


『いってらっしゃい、■■■■』

『ああ、いってきます、■■■』


 あの日、俺は帰れると信じていた。なのに‥‥‥‥


□□□


『堕ちろ、『英雄』』


 お前が俺をどうして憎んでいたのか、俺には分からない。

 だけど、俺は‥‥‥‥


□□□


 どんどんと、記憶の断片が集まってきた。

 だけど、俺は誰なのか、彼女は誰なのか、何も思い出せない。

 だけど、それでも、俺は‥‥‥‥


「‥‥生きなきゃ、いけないんだ‥‥」


 俺は再び、意識を取り戻した。

 体はボロボロだし、力も入らない。それでも、それでも‥‥


「俺は、生きなきゃ、いけないんだ‥‥」


 必死で力を振り絞って立ち上がった。

 さっき以上に足に力が入らない。

 腕は重く、足はフラフラだし、意識が朦朧としている。だが、それでも、耐えられた。耐えたことがあった。

 体が知っている。俺はこれ以上の絶望の状況を生き残ったことがある。なら、これくらいの状況超えられるんだ。

 俺は帰らなきゃいけないんだから‥‥‥‥


『ゴブーーーー!!』


 目の前からは蒼いゴブリンが三度襲い掛かってくる。

 どうするか、カウンターでの一撃でも首を斬れなかった。

 でも、それでも、諦める訳にはいかなかった。


「ハアアアアーーーー!!」


 声を張り上げた。

 空元気、虚勢、見栄、とにかく張れるものを張った。

 こうでもしないと、俺は今にも倒れてしまうから。

 そして、決めた。


『ゴブーーーー!!』

「うりゃアアアアーーーー!!!」


 俺に向かって振り上げられた大斧に対して、俺はその大斧に向かって剣を振り下ろしていた。

 やぶれかぶれの真っ向勝負。それが俺の賭けだった。

 俺の力ではコイツの首を斬れなかった。その段階で、俺がコイツを倒せる方法はなかった。

 だけど、何でだろうな‥‥‥‥何でか分かんないけど、この作戦が正解だと、俺の体が動いていた。

 上から振り下ろした俺に対して、蒼いゴブリンは下から振り上げていた。本来なら振り下ろしている俺が有利だ。でも、そんな不利を簡単に覆すのがモンスターだ。

 俺は力一杯、両手で剣を握っていた。右手は引き金に人差し指を掛けながら、残りの指で強く握り、左手を右手の下にして、更に力強く握っていた。

 力比べ、そんな事をしても意味がない。なぜなら‥‥圧倒的に蒼いゴブリンの方が上だった。

 ただの力比べでは今の俺では到底及ばない。全快の状態でも、敵わないのは分かっていた。それでも、この作戦を俺の体が取っていた。

 俺には、記憶がない。それは過去の記憶が一切なかった。いつ、どこで、誰が、何を、どのように、それら全てがなかった。

 だから、己の本能に、身体の命ずるままに、従った。

 これで死ぬかも知れない。自分に今、頼れるものはない。ただ、この身以外は‥‥‥‥


「くぅぅぅぅ‥‥」


 情けない声が出た。

 押し負けている。当然だ、人間とモンスター、力の差は歴然だ。だけど、それでも、俺の体はこの作戦を続けていた。


「クッソ――――!!!」


 更に力強く、剣を握れと、身体が指示をしていた。

 ああ、ここまで来たら、死ねばもろともだ。


「うおおおおおおお!!!!」


 必死で剣を握った。左手の小指、薬指、中指、人差し指、親指、順に握っていく。まだだ、まだ足りない。今度は右手を順に握っていく、すると、あることに気付いた。

 ‥‥‥‥どうして俺は、人差し指で握っていないんだ?

 こんな時なのに、疑問が浮かんでいた。俺はどうして、この引き金を避けていたんだ? という疑問だった。


『ゴブーーーー!!』

「うお!?」


 蒼いゴブリンが更に力を強くした。

 その瞬間、思わず、俺は‥‥‥‥右手人差し指に力を入れて、引き金を強く握った。その瞬間‥‥‥‥


『ドガァァンッ!!』


 猛烈な爆音と衝撃が響き渡った。


『ゴブーーーー!?』

「うわっ!?」


 剣に掛かっていた力が、一気に吹き飛んでいた。

 そして、俺の剣が大斧を吹き飛ばし、蒼いゴブリンの腕を斬り落としていた。


「うわ!?」


 またも驚きの声が上げてしまった。

 蒼いゴブリンの返り血、それが俺を目に飛んできた。幸い、目には入らなかった。目を守るように腕にかかった。だが、その瞬間‥‥‥‥


『ほう、これはいい。褒美をくれてやろう』


 頭に声が響くと、突如‥‥‥‥記憶の扉が開いた。

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失ったモノを探して あさまえいじ @asama-eiji

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