第3転 RPGの勇者ってブラックだな

 結局飛び降りる前に一回吐いてしまったものの、そのあと首尾よく異世界転生できた俺は、転生者よろしく勇者として魔王を倒しに行くことになっていた。まさしく俺が期待していた通りのRPGロールプレイングゲームのような世界と流れだ。

 前世の記憶のおかげで周りのみんなから尊敬を集め、俺は自己肯定感に満ち溢れていた。そうだ。俺は前の世界でころころと就業先を変えている場合ではなかった。これが正道。進むべき道だったのだ。


 俺は王から魔王を倒すための軍資金を受け取った。18万ゴールド。1年毎に支給されるということなので、実質これが年収みたいなものだ。

 俺が育った村の大人たちの平均年収が3万6千ゴールドだったので、およそ5倍。前世では3万6千のちょうど100倍の360万円前後だったことを踏まえると、王から貰った軍資金は1,800万円相当ということになる。

 悪くない給料だと思った。

 魔王討伐は命懸けの戦いになるだろうが、納期に追われるわけでもないし、お客さんが居るわけでもないから気を遣う必要もない。ジャパニーズサラリーマンとしてブラック企業を転々としていたときと比べると雲泥うんでいの差だ。


 しかし、王都で装備を一式揃えようと思い武器屋に入ったとき、ある違和感を覚えた。その感覚は道具屋でもあった。違和感の正体がなんなのかよくわからないままに商店街をぶらつき、精肉店の前でようやくわかった。


 ブータニーク。

 前世で言うところの豚肉だ。調理前のただの肉が10ゴールドで売られている。100gの分銅ふんどうと釣り合いが取れる位置で分けられたそれはつまり、100g=10ゴールドということになる。前世の日本ではだいたい100g=100円で売られていた。

 もしも1ゴールド=1円ならば単純に1/10の値段で売られていることになるが、実際はそんな簡単な話ではない。

 年収と照らし合わせるとゴールドと円の価値を比較できる。

 年収の計算をしたときにゴールドは円の100倍の価値を持っているということがわかった。この世界で10ゴールド払うと言うことは日本で1,000円払っているようなものなのだ。日本の豚肉が100円なのだから、10倍の支払いを要求されていることになる。

 単純に金額の問題だけなら物価は日本の10倍ということになるが、それだけではない。食べ物である以上、味が存在する。ブータニークは日本の豚肉と比較にならないほどまずい。肉質は硬く、筋だらけで食べづらい。その上獣臭くて香辛料や香草などでごまかさないと食べられたものではない。日本国産の豚肉の美味さを10とするならブータニークは1以下。つまり肉の価値は1/10。

 0.1倍の品質の物に、10倍の金額を出さなければいけない。つまりこの世界の物価は日本の100倍ということになる。

 すると、1,800万円の年収も1/100と考えることができ、実質年収18万で命の危険を顧みない仕事をさせられていることになる。


 ……アホなのか!?


 だがこんなところでやめるわけにはいかない。王から魔王を倒してくれと言われてしまったからにはもう行くしかないのだ。


 街から街への移動中、何度もモンスターと出くわした。序盤に出てくるモンスターは弱いと相場は決まっているしこの世界のモンスターも多分に漏れず弱かったのでそこはありがたかったのだが、真の問題はモンスターの強弱などではなかった。真の問題。それはエンカウントの頻度。前世にモンスターなどと言うものは存在していなかったけれど、置き換えるなら野生動物みたいなものだろうと考えていた。だがそれは甘かった。実際は、山の中で虫と遭遇するレベルで遭ってしまう。

 そりゃそうだ。

 モンスターがこの世界の生態系の一部に組み込まれていて、かつ人に迷惑がられて頻繁に退治される存在なら、虫と同等の繁殖能力を持っていないと今もなおモンスターが蔓延はびこっている説明がつかない。


 特に多かったのがスライム。雑魚ザコなので命は脅かされないものの、斬る度に臭い液体をばら撒いていくのが地味につらかった。スライムは取り込んだ動物をあの液体で溶かして養分に変えているという話を聞いたことがある。人間で言うところの胃液なのだとすれば、そんなもの臭いに決まっている。清掃業者が生ごみの袋を破ってしまったときはきっとこんな感じなのだろうなと思った。

 また個体によって硬さが微妙に違うので力の入れ方を間違えるとすぐに手首を捻ってしまう。多分次の街に着くまでに腱鞘炎けんしょうえんになっているだろう。労災ろうさいだ。労働組合がないのが悔やまれる。


 手首だけでなく肘も少し痛め始めたころ、ようやく次の街へ辿り着いた。


 宿屋に泊まろうとすると受付の男にめちゃめちゃ嫌な顔をされた。臭いからだろう。でも王から貰った勇者の証を見せると渋々部屋の方に案内してくれた。


「お風呂ありますか?」

「お風呂がある宿屋を見たことありますか?」


 質問に質問で返すやつは仕事ができないと言われているが、今のは俺が悪かった。少なくとも俺の知るRPGの世界では風呂付きの宿屋なんて見たことがない。


 臭い服を脱ぎ棄て、布団の中に潜って、勇者について考えてみた。

 この勇者と言う職業(と言っていいかはともかくとして便宜上職業と言う言葉を当てめる)は、状況次第では24時間、常にモンスターの脅威にさらされることになる。ゆえに、時間外労働の上に夜勤までさせられているような状況だ。当然それに対する手当は補償されない。


 考えてもみれば、ゲームの中の主人公たちはそもそも『魔王をなんとしても倒したい』という動機ありきで冒険をスタートする。王からお金がもらえるからやると言うビジネス的な思考は一切持ち合わせていない。なんだったらみんな無償でやっているくらいだ。こんな過酷なことなのに。


 考えれば考えるほど、行きつく先は同じだ。


「これ、ブラック企業なんじゃねえか?」


 声に出して言ってみたけれど、虚しくしじまに消えた。



 ※  ※  ※  ※



 それから俺が行く街行く街、どういうわけか強めのモンスターが現れると言う不幸に見舞われ続けながら、仲間を得て魔王討伐へと向かった。


 ぶっちゃけ4人パーティまで組めそうな雰囲気だったけれど、3人でもまあ勇者補正でなんとかなるだろうと思ってレベリングもそこそこに行ったら負けて死んだ。

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