問題抱えてそうな部活の後輩二人にロックオンされる話
ジョク・カノサ
確かな平穏
「うーっす……ま、誰も居ないんだけど」
鍵を指しこみ建付けの悪い部室の扉を開け、そんな独り言を呟きながら中に入った。薄暗さとひんやりとした空気が余計に寂しさを感じさせる。とりあえず電気だけでもさっさと付けてしまう。
「なに読もっかな」
明るくなった部室の中で壁際にある先輩達が溜め込んできた漫画が収納された棚を物色する。聞いたことも無いようなマイナーな漫画だらけだが、宝探しをしてるような気分になれるのでこの時間は結構楽しい。
適当に一冊見繕ったあたりで、あの扉と溝が擦れ合う不快な音がした。
「……どうも」
その子――中島真衣は小さく挨拶をして、部室の隅の方に置かれた席へと歩いて行く。前髪を中央で分け、片方をヘアピンで留めている髪型のせいで不機嫌そうな目つきが良く分かった。
「うっす。悠木ちゃんは今日休み?」
「他の部活に遊びに行ってます」
「へえ、中島さんは行かないの?」
「坂下先輩は私が好き好んで他の部活に遊びに行くような人だと思ってるんですか?それとも皮肉ですか?」
「聞いただけだって。深い意味は無いよ」
「……ふん」
中島さんはそのまま椅子に座って、近くの机の上に置かれたていた読みかけの漫画を読み始めた。あの場所は彼女の定位置だ。
俺もそれに倣って席に座り、選んだ漫画を読み始める。
「先輩達はもう来れないって」
「そうですか」
「ま、文化祭も終わったし三年が部活来てる暇無いわな。――どうなんのかな、この部活」
☆
漫画研究部。それが俺の所属する部活。主な活動は部誌の制作や文化祭のアレコレ。とはいっても俺は漫画を読むのは好きでも描く方には全く興味が無く、その手の活動はほとんどした事が無い。
というのもウチの高校では部活が強制で一年の初めにどっかしらの部活に入る必要があった。それで消去法的にこの部活を選んだのだが、正直言って助かった。先輩達は漫画を描く事に興味の無い俺を許容してくれたからだ。まあ新入部員が俺しか居なかったからってのもあると思うけど。
そして今年、俺が二年になると同時に二人の新入部員が入って来た。その内の一人が中島さんだ。
☆
中島さんは少し……いや、かなりとっつきにくい。
「そういやアレ見た?先週の金曜に公開されたヤツ」
「見てません」
「えー見た方が良いって。原作読んでなくても全然見れるしさ」
「興味ありません」
そこまで強くはないとはいえ毒舌的なコミュニケーションが基本。入部当初はそもそも喋ってくれさえしなかった。
「もう結構寒くなってきたよね。この部屋暖房無いの辛くない?」
「そうですね」
ただ二年が俺しか居ない上に先輩方も中島さんの扱いには困っていたというのもあって話しかける機会が多かったからか、今ではそれなりに会話が出来る。挨拶が言葉で返ってくるまでに一ヵ月程かかったりはしたけど。
「マジな話、来年からどうする?漫画描くのに興味無い三人が部員で先輩って部活成立しなくない?潰されたりするのかな」
「そうなったら……困ります」
「だよね。来年から三年の俺はともかく中島さんと悠木ちゃんは他の部活行かされるだろうし」
中島さんともう一人の一年生である悠木美枝……悠木ちゃんも俺と同じ目的で入って来たらしく、二人共漫画を描く事には興味が無い。悠木ちゃんに至っては普段は読むのも稀らしい。
「……」
「……」
お互いに無言で、漫画のページを捲る音だけが響く。といってもこういうのは良くある事で今更気まずいとは思わない。でも何を考えてるか分からない子だとは思うし、先輩方が扱いに困るのも分かる。
ただ俺はこの淡泊な会話や反応が嫌いじゃない。
「こんにちはー。あれ、今日は先輩と真衣ちゃんだけですか?」
そのまましばらく経ったところで悠木ちゃんが部室に入って来た。カッチリと制服を着こんだ中島さんと違ってこっちはセーター姿。加えて緩い喋り方に薄く染められた茶色の髪。クラスの真ん中に居そうな女子というのが初めて話した時の印象で、今の印象でもある。
「先輩達はもう来ないってさ」
「あー前々から言ってましたもんねー。寂しくなるなー」
中島さんに比べて悠木ちゃんは先輩方から人気があった。傍から見ていても悠木ちゃんは会話が上手い。自分が知らない話題を振られたとしても話が一切途切れないのは特技と言っていいような気がする。
だからこそ、俺は悠木ちゃんの人物像もイマイチ捉えきれていない。中島さんとは別の方向性で何を考えてるか分からないって感じだった。
「あ……という事は、しばらく部活は先輩と私の二人っきり……って事ですかー?」
「俺と中島さんと悠木ちゃんの三人な。タチの悪いイジメみたいな事言うなよ。なあ、中島さん」
「……私に言われても困ります」
「ごめーん真衣ー!そんなつもりじゃなかったのー!」
「ちょ、止めて……」
間延びした謝罪と一緒に抱き着く悠木ちゃん、嫌がる中島さん。この二人が部活に入る前からの親友だというのは意外な話だ。
「はいこれ、お詫びね」
本格的に嫌がられる前に悠木ちゃんは中島さんから離れ、鞄の中からミックスジュースを取り出し机に置いた。そのまま長机を挟んだ俺の対面の席に座り、机の上にコトンと缶のコーンスープを置いた。
「俺にもくれんの?」
「あげますよー。ただし、いつも通り私との勝負に勝てばです。負けたらあげはしますけどお金は返してもらいます」
「それ、毎回思うけど悠木ちゃんが無駄にリスク背負ってるだけじゃない?」
「良いから勝負ですよ、勝負!」
悠木ちゃんはたまにこういう小さな賞品を賭けたゲームを仕掛けてくる。中島さんが付き合ってくれないから俺にやってるらしいけど、これが結構楽しい。
「今回はこれです!」
大げさなアクションで悠木ちゃんはスマホを突き出した。画面には見覚えのあるアプリ画面。
「お、それなら自信あるぞ。これは勝ったな」
「ふっふー、私が勝算無しに挑むと思ってるんですかー?ぶっ殺してあげますよ!」
「こっわ」
これまでも部室が三人だけの時間はあったけど、その時は大体こんな感じだ。俺と悠木ちゃんが騒いで中島さんが煩わしそうな感じで静かに漫画を読む。
「あっちょっ、それ俺の武器……」
「あはは、死ね死ねー」
「……」
大きな波が無くほど良く退屈な、それでいて完成されているかのような放課後。
来年の部活がどうなってるかは分からない。でもこんな放課後が卒業まで続けば良いなと、そう感じていた。
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