割れ目
朝のホームルーム。眠たい目を擦りながら登校した後はクラスの友人グループに混ざる。
「はよーっす。昨日のアレ見た?ドッキリのヤツ」
「見た見た。クソ笑ったわアレ。下ネタってズルいよなー坂下は?」
「見たよ。田口の寝起きドッキリが最高だった」
基本的にはテレビ、部活、恋愛関係の話。最近はアニメ漫画もちょこちょこ。
ホームルーム以降は真面目に授業を受けてれば時間は進む。合間合間の休み時間にある忘れ物の相談に答えつつ、昼休みは弁当を持って隣の教室に。
「マジゴミだよゴミ!あの作画終わってるから!総集編二回挟んでアレはマジで無い」
「原作も脚本も良いのにねえ。制作会社が発表された時からちょっと不安だったけどさ。坂下君は見てたっけ?」
「見てるよ。原作はちゃんと面白いんだからアニメ化するならしっかり力入れて欲しいよな」
「ほっっっとそれな!坂下分かってるわー」
こっちのグループはサブカル系の話題がほとんど。クラスのグループとはだいぶ毛色が違うが生々しい下ネタが無いのは良い。他クラスの誰と誰とがヤったとか、聞かされても正直反応に困る。
昼休みが終われば午後の授業。この日の五限は期末に向けた小テストがあったけど逆に言えばそれぐらい。基本は眠気を誘う教師の声を聞いていればそれだけで終わる。
今日は漫研は休みの日。帰りのホームルームが終わって、それぞれの部活に向かい始める友人達の愚痴やら軽口を聞いた後は俺も帰宅の準備をする。部活は無いけどそれ以外はいつも通りの一日。
ただ、今日は少し違った。
「……珍しいな」
スマホのメッセージアプリからの通知。送って来たのは悠木ちゃんだ。彼女が過去に送って来たスタンプや短文の履歴の上に一言。
『ピロティ裏に来てください』
そう書かれていた。悠木ちゃんがこういう意味のあるメッセージを送って来る事はあまり無い。来る時はいつも決まって、トンコツラーメンの作り方を始めて知ったとか動画サイトのペンギンの口の中が至近距離で撮られている動画が凄かっただとか気まぐれで脈略の無い内容の物ばかりだった。
「なになに?誰のメッセージ?」
「部活の後輩だよ」
「ああ多分その子知ってるわ。前に廊下で坂下に挨拶してた子だよな。すげー可愛いかった気がする」
「マジ?ちょ、紹介してくんね?」
「はいはい。じゃ俺行ってくるわ。あ、そういやどっかしらでイヤホン見かけなかったか?」
「ないけど、無くしたん?」
「昨日からどこにも無くてさ。教室に無いなら多分部室にあると思うけど。じゃ、部活頑張れよ」
「そういやさっき便所行ったとき一年の子見かけたわ。ちょっと目つき悪かったけど結構――」
友人達との話を切り上げてマフラ―を巻いてカバンを背負い教室を出た。ピロティはこの校舎の一階。そこら辺はあまり通った事がないからその裏に何があるのかは分からない。とりあえず分かった、とだけ返信をしてそこへ向かう事にした。
「ん」
教室を出た辺りで一瞬、誰かに見られているような気がした。放課後で人が多く騒がしい廊下を少し眺めた後、すぐに気のせいだと判断して俺は階段へと向かった。
☆
「あ、こんにちはー先輩」
「うっす。……ここってベンチあるんだ」
指定された場所に行くと校舎に沿うように配置されたベンチの一つに悠木ちゃんは座っていた。流石に寒いのか部活とは違ってジャケット姿だ。
放課後の喧噪が遠くから聞こえて来るけど、ここには俺達以外に誰も居ない。
「風通しが良いので夏は人が多いんですけどね。冬はこんな感じでアホウドリが鳴いてます」
「閑古鳥な。……座れって?」
悠木ちゃんの伸ばされたセーターの袖に包まれた手が自分の隣をぽんぽんと叩く。特に断る理由も無いと思い鞄を地面に降ろして腰を下ろした。顔を上げる前にここに来る前に買っておいたコーンスープを二本取り出し、一本を悠木ちゃんに差し出す。
「突然すいませ……あの、くれるんですか?」
「たまーに勝負で買った時はなんだかんだで奢って貰ってるから。お返し」
「……ありがとうございます」
悠木ちゃんは缶を受け取るとそのまま手で包みカイロ代わりにし始めた。俺もそれに倣う。
お互い前に向いたまましばらく無言が続いた。悠木ちゃんはなぜだか口を開こうとしない、というより部活の時とは雰囲気そのものが少し違っている気がする。こういう時間を作らないのが普段のこの子だ。
「で、俺なんで呼ばれたの?悩み相談とかだったら上手く答えられる気がしないんだけど」
「違います」
「じゃあアレ?もしかして告白とか?……ゴメン調子乗ったわ。こういうのって今はダメ――」
「そうです」
「……マジ?」
「マジです」
予想外の返事だった。驚いて悠木ちゃんの方を振り向くと、彼女も俺の方へと顔を向けている。
悠木ちゃんは見た事の無い表情をしていた。真一文字に結ばれた口と強い目線。いつものような掴みどころの無い緩い笑顔はどこにも無い。
そしてその顔を見ると同時に、俺の中ではこの現状に対する小さな拒否反応が起こっていた。それが顔に出ないように努めながら返答する。
「あー……じゃあ冗談じゃないって
一応用意していた定型句だけど、まさか使う時が来るとは思わなかった。別にこれは悠木ちゃんが嫌いだとかいう話じゃない。俺の、俺だけのルールに則っているだけ。そしてこれを悠木ちゃんが気づく事は無い。
「非恋愛思考的な?単純に興味が持てないんだよ。だからそういう話されても困るというか。……これ冗談じゃないよな?冗談だったら俺めっちゃ恥ずかしい――」
「先輩は」
そう思っていたのに。
「わざと他人との間に大きな境界線を引いてますよね」
全てがお見通しであるかのような目で、悠木ちゃんは淡々とそれを告げた。
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