破綻
「うっす。遅くなっちゃった」
俺が来た時には既に部室は開いていた。中に居たのはもちろん中島さん。
「……来たんですか」
「先生から荷物運び頼まれてさ」
中島さんはいつも通り気だるげに隅の席に座るスタイル。今はスマホを弄ってるようだけど、どこか安心感のある光景だった。
「悠木ちゃん来ないの知ってる?」
「知りません」
「あれ、同じクラスじゃなかった?」
「そうですけど、知りません。今知りました」
「……そう」
なぜかいつもより語気が強い気がするけど、別に中島さんは普段からこんな感じか。
本棚からこれと決めた漫画を抜き取り俺も定位置に座る事にした。今日は日常系のギャグ漫画だ。今は頭を空っぽにして読めるのが良い。
「もうすぐ期末だけど大丈夫そう?」
「中間テストの時にわざわざ部活中に大慌てで教科書を捲っていた先輩に心配されたくありません」
「う、覚えてたか。中島さんも悠木ちゃんも頭良いよなあ」
本格的な夏前の部室、まだ先輩達も居た頃に大慌てで単語を詰め込んでいた時の事だ。中島さんの冷ややかな目とちょっかいをかけまくってきた悠木ちゃんは記憶に新しい。
あの頃は良かった。部室内の人数が多いというのは俺にとって好材料だった。
もちろん今の状況も心地好くはある。でも今までの三人の放課後はもう無くなってしまうのだろう。これから先、俺が悠木ちゃんの告白にどう対応しようと変化は避けられない。
「先輩に計画性が無いだけです」
ただ、こうして冷たい一言を返してくれる彼女だけは変わらないように思えて、なんとなく安心出来る。
「あ、そういえば」
席に座ろうとしたところで鞄の中のミックスジュースの存在を思い出した。取り出して中島さんの机に置く。
「……これは」
「間違えて買っちゃってさ。あげるよ。ほら、いつも悠木ちゃんが買ってくるし好きかなあと――」
「嫌いです」
「へ?」
「嫌いですっ!!!」
予想外の言葉と一緒に中島さんは立ち上がった。立ち上がる際に机に叩き付けられた両手の衝撃でゴトンと缶が倒れる。
「嫌い嫌い嫌い!いつもいつも!美枝は私の邪魔ばっかり!!」
「な、中島さん?」
中島さんは吠えるようにそう叫んでいた。彼女が叫んだ直後の荒い息を吐く中、あまりにも脈絡の無い変化に俺は彼女の名前を呼ぶ事しか出来ない。
「はー……はー……先輩は」
ゆっくりと、中島さんは俺の方へと顔を向ける。
「なんで私の事はさんで、美枝はちゃんなんですか」
「え、あ」
何も答えられない。中島さんの激情に理解が追いつかない。ここまでの憎しみの籠った目を向けられる意味が分からない。
「何で美枝とキスしてたんですか」
なんでそれを知ってるのか。もう訳が分からない。
「私の方が――先だったのに」
☆
思えばおかしな話だった。悠木ちゃんは部活に漫研を選んだ理由を同級生との交流を極力フラットに出来るからだと答えた。
なら中島さんは?同級生で、同じクラスで、同じ部活。悠木ちゃんの交流基準からすればどう考えても機会が多い。
かといって悠木ちゃんが中島さんに対する接触を抑制してる感じは全く無かった。むしろ悠木ちゃんの秘密を知った今は、部活の先輩達や俺と比べると中島さんにはある程度の素を出していたようにも思える。
つまり、悠木ちゃんにとって中島さんは特別で自分の生き方からは除外されている事になる。思えばこの二人は部活に入る前からの親友だという話を悠木ちゃんから聞いた事がある。それもまた悠木ちゃんの生き方に反した表現だ。
だとすれば、他人と明確な一線を引く事を選んだ悠木ちゃんと親友である中島さんは。
恐らく根深い原因から今の生き方を選んだ悠木ちゃんから
いつもクールで、気だるそうで、毒舌なだけの子である筈が無かったのかもしれない。
☆
「わっ、私はずっとずっとこんな感じで、どうやっても素直になれなくて、治したくても治せなくてっ」
中島さんの突然の独白の中で、俺は自分でも驚くくらいに冷静だった。その内容が彼女の他人との接し方
についてだという事も分かる。
「下手くそで失敗して怖くなって諦めてずっと一人で……でも――」
捲し立てるように中島さんはそう言って、笑った。
「先輩だけです」
「ちょ……」
まとわり付くような気味の悪い笑い方だった。その笑顔のまま徐々に近づいて来るのに対して俺は思わず後ろへと下がってしまう。
「変われない私に、こんな私に嫌な顔一つしなかったのは」
それはそうかもしれない。でもそれは俺にとってはそういう態度が都合が良かっただけだ。
「だからお願いします。美枝を受け入れないで」
背中に硬い感触が触れた。涙の滲んだ中島さんの顔が目の前に迫る。
「一人にしないで……」
俺がそれを避ける事が出来なかったのは突然の出来事に動揺していたからだろう。
いや違う。俺は怖がっていた。中島さんが抱える何かはまだ理解出来ていない。なんで昨日のアレを知っているのかも。
でもここで中島さんを拒絶してしまえば、もう二度と今までのような放課後は訪れないかもしれないという考えが過って、動けなかった。。
「ん……」
あの時よりもずっと長い時間の中で、ゴトンという重々しい音が聞こえた。脇目に見えたのは横倒れになった結果、机を転がって床に落ちたのだろうミックスジュース。
というかどっちみち今までの放課後なんてもう来る訳ねえじゃん。こんな事になってんだから。
ぼんやりとしてきた頭の中で、そう思った。
問題抱えてそうな部活の後輩二人にロックオンされる話 ジョク・カノサ @jokukanosa
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