アンジェは神の時代を終わらせる

 聖女アンジェ、死す――


 女神の奇蹟を用いて多くの功績を為した聖女は、臨終の間際にこう言い放った。


「人が神に頼る時代は終わりです」


 驚く者たちを見ながら、アンジェは言葉を続ける。


「人間と魔族はすでにフローラ民族として融和しています。女神の名のもとに相争うこともなく、神の力なく生きることはできるでしょう。

 もはや神の役割は終わりました。我々は神の元から巣立ち、新たな世界を生み出す一歩を踏み出すのです」


 その言葉を最後に、アンジェは息を引き取る。そしてそれから、大陸から神の力が消えた。各十柱の司祭や神官は神の奇蹟を使うことができなくなったという。聖女アンジェの計らいにより混乱は最小限に収まり、人は神の力なしで新たな時代を作り出すことになる。


 ――人々は聖女アンジェと女神フローラの教えの元、調和と平和を尊び次代を進んでいくのであった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――はるか天の上、神の世界。


 十の神が存在するその空間に、一つの存在があった。


「ふふふ、女神フローラ様……」


 それは聖女アンジェと呼ばれる存在。それが神々の力と魔族の魔法を用いて魂の階級を上げ、神以上の力を得た存在。神を作った創造神さえも凌駕する魂の質量をもち、その気になれば世界そのものを作り替えるほどの力を持つモノ。


 アンジェが為したことは、女神フローラ以外の神を滅ぼして自らの力として蓄えた。神々は必死に抵抗したが、力の差は歴然。抵抗など歯牙にもかけず、神々を撃ち滅ぼしていく。


「ああ、女神フローラ様。ようやくお会いできました」


 至上の幸福、とばかりにアンジェは声をあげる。これまで慕っていた女神フローラ。貴方に会いたくてここまで来たのです。貴方をずっと慕ってきたのです。ようやく貴方に会えました。存在全てを使って喜びを表現する。


「……聖女アンジェ。貴方の地上での働きは全て知っています」

「はい、はい! 私は貴方のために頑張りました! 私は貴方の教えを広めるために人生のすべてを費やしました! 女神フローラ様の教えと、そしてすばらしさを伝えるために!」


「そのために、多くの人間を殺し」

「だって彼らは女神様の教えを信じなかったから! 仕方なかったんです! 女神様を信じない人間に、生きる価値はありません!」


「そのために、世界を混乱に貶めして」

「だって彼らは平和の大事さを理解しなかったから! 平和であることの大事さを教えるためには、その価値をあげないといけません! 世界が危機に陥れば、女神フローラ様の教えのすばらしさが理解できるのです!」


「そのために他の神を排し」

「だって女神様以外の神は要りませんから! 世界にはフローラ様だけいればいい!   それ以外の教えなど、塵芥! 知っていますか? 太陽はただの天体です! 夜や海や嵐はただの現象です! 騎士や詐欺師は人間の仕事です! 知恵なんか神に頼らずとも発展します! 戦争は獣の所業です!

 調和と平和! これだけが尊ぶべき事! 誰かと手を取り合い、争いなく過ごす! そのために人を殺し、そのために邪魔者を排する! ああ、なんという素晴らしい教え! ああ、なんという美しい事実! 女神フローラ様に、栄光あれ!」


「そして――私を殺さずにとらえるのですね』

「はい! 女神フローラ様は私のモノです! その髪も、その肌も、その目も、その鼻も、その口も、その指も、その足も、その背中も、その胸も、何もかもが私のモノです。

 そのために魂の階梯をあげました! 神を殺し、神を捕らえるために! あなたに会いたかった! あなたを愛したかった! そのためだけに生きてきたんです! そのためだけに!

 ずっと一緒です! 永遠に、逃しません――!」


 はるか天の上、上位の魂を見ることができる存在がいるなら一人の女性が膨らんだお腹を愛でているような光景が見えただろう。

 だがその胎内ではかつて女神と呼ばれた存在が囚われ、凌辱あいされている。永遠に、終わることなく。


 かくして神は、死んだ。たった一人の愛によって。

 しかし聖女と人類は幸せなので、ハッピーエンドであった。 

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ヤンデレ聖女は女神様の為に戦う どくどく @dokudoku

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