第2話 草木に潤いをもたらす夕立

 2週間前に梅雨が明けて以来、1滴の雨も降らない何日もの酷暑日を挟む連日の猛暑日。

 祖国の暑さも厳しかったが、ここのアスファルトの照り返しと、住宅からの室外機の熱風が身に堪える日本に来て初めての夏。

 

 こんな過酷な気温だというのに、一心不乱に鳴いている蝉達。

 全く雨が降っていないのに、この羽音が響く状態を『蝉時雨』と呼ぶ、日本人の感性の鋭さよ。


 街路樹の緑が、どれほど雨の水滴を待ち焦がれている事だろう。

 紅葉という美しい木の葉の彩りの時期を待たずして、足にまとわりつき歩き難いほどに落葉していた。

 夏を待って咲いたサルスベリ、ブーゲンビリア、ノウゼンカズラ、ホリホック、ヒマワリもどれも元気無く頭をもたげている。

 熱中症で倒れる地元民も多いようで、救急車の音が引っ切り無しに響いている。

 『うだるような暑さ』と言うらしい、この国の過酷な夏。

 祖国で暑いのには馴染んでいる私ですら、建物の中に入った時の冷たい空気とのギャップが辛かった。

 

 この日照りがあと少しでも続くと、あの大きな街路樹さえも根元から干上がって倒れるのではと懸念されていた時、それまで青空だったのが嘘のように真っ黒い雲に覆われ、まだ15時過ぎには思えない暗さとなった。

 

『夕立』という美しい響きの日本語も有りながら、近年の日本によく起こりがちな『ゲリラ豪雨』という、私には禍々しさを連想させる響きを使用される事が多くなった夏の風物詩。


 傘の役立たない状態に、この地の人々は、冠水や帰りの交通機関の心配をする。


 私の感覚では、それでも帰るべき家が、そこに待っているだけ幸せなのだ。

 祖国の難民キャンプの人々は、突如襲うスコールによりテントが崩れ水まみれになる状態を何度も経験済みなのだから。


 雷が鳴り響く。

 神鳴り......

 

 最近の日本人は、古来から抱いていた自然への畏敬の念を忘れている。


 インターネットにより、国内外の出来事が手に取るように分かる時代だというのに、私の祖国のような貧しい紛争地帯の事などには関心を向けず、今の自分自身が楽しければ、他の事などはどうでも良いような感覚の人々が多いのが、私から見ると哀しい。


 日本の神様は、異国の私のようなものにも味方をしてくれているのかも知れない。

 雷やゲリラ豪雨という現象は、今の日本の人々に対して、神様からの叱咤のようではないか?

 自分の今ある幸せに気付き感謝する事無く、際限無い快楽を追い求めている姿への。


 .......などと、何もこの国の事を把握出来てない異国人である私が思うなど、拙速に過ぎるかも知れない。


 ただ、人々の心は帰路への焦燥感しかなさそうだが、それとは真逆に、水を得た魚のような植物達の立ち直りの素早さよ。

 うな垂れていた姿勢が瞬く間に本来の姿を取り戻している。

 

 やはり、自然は偉大だ!

 

 この豪雨も雷鳴も、動植物達らの味方で、水に飢えていた彼らに恵みを与え激励しているのだ。

 自然同士は、その生態系を守る本能を奮わさんと、手を取り合っている。

 豪雨も雷鳴も、自然の美しい交響曲の一部。

 私は、日本の自然音の一つ一つを愛してやまない。


 祖国に戻ったら、伝えよう!


 大きい音の全てが、ミサイルの音では無いと!

 戦士になるだけが、将来の夢では無いと!


 いつか紛争の無くなる未来を......

 襲撃に怯えずに床に就ける夜が、祖国の誰にでも訪れる事を願って。



   【 完 】

 

 

 

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夕立、その優しい時間 ゆりえる @yurieru

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