夕立、その優しい時間

ゆりえる

第1話 夜の雷鳴

 耳をつんざく轟音に目が覚めた。


「うわぁぁぁぁ!」


 飛び起き、反射的に、羽枕で頭を覆った。


「あなた、安心して。雷の音よ」


 私の挙動で起きたのか、私と同じくその轟音で目覚めたのか、私の横で寝ていた妻が身を起し、私に寄り添った。


 雷......

 そうか、敵国のミサイルではなかったんだな......


 日本の大使館に赴任して半年経つというのに、まだ祖国での悪夢のような出来事が、寝ている時ですら頭から離れない。


  あの昼夜問わず、入浴時であろうが、排尿時であろうが、容赦無く襲って来る死と隣り合わせの爆音が、所選ばず引っ切り無しに続く時間......


 私の場合は、幸い家族で祖国を後にし、日本の大使館での勤務にも慣れ、祖国の事を想い出す事もあまり無くなっていたというのに......

 断末魔の叫びを聞き慣らされていた日々のトラウマは、この平和な国での生活がどれだけ長くなっても、衣服に着いた油性ペンの染みのようになかなか脳裏から拭い去れるものでは無いのかもしれない。


 マンションの上の階の住人も、雷鳴で目覚めたようで、子供達の騒ぐ声や小走りの足音が天井に響いていた。


「雷で目覚めるのは、ミサイルの恐怖を知っている私達だけではないのね」


「戦争を放棄しているこの国の国民は、人間のもたらす戦禍よりも、古来から自然を神として怖れ敬っていたのだからな」


「私も聞いた事が有るわ。雷って、神様が鳴らすものと信じられていて、神様の『神』に鳴るの『鳴り』で、『神鳴り』いう漢字も有るそうね」


 仕事柄、日本人と接触する事が多い私よりも、半年前に住み始めてすぐ日本語を習い出した妻の方が上手く話せるようになっていた。

 同時に、日本の風習や歴史、雑学にいたるまで、本やネットを利用し見識を広めていた。


「この国の人々は一生かかっても、私達の日常だったような惨い戦禍を体験しないのだろうな」


「その代わり、厳しい自然災害と向き合いながら生きているのよ」


 自然災害......

 台風や地震や噴火や水害

 それらが、この小さな国土を幾度と無く脅かし続けている。

 

 私の祖国は地形や緯度的にも、地震や台風や噴火や水害などは皆無だが、干ばつによる凶作で、飢餓地帯も広がっている。

 生きるのすら精一杯だというのに、宗教の違いのみが原因の闘争を何世紀にも渡って繰り返し、敵国は我が国土を攻撃し破壊し尽くしては、更なる貧困に陥れてくる。

 それでもまだがっしりした屋根の住居が有るだけまだましだ、プライバシーも安全の保障も無い難民キャンプ生活の人々に比べたら......

 

 私達は日本に来てから、寝込みを襲われる心配無く、誰に咎められる事も無く好きなだけ眠れる幸せを噛み締めている。

 祖国にいる人々にも、こんな夜の過ごし方が、地球の反対側で実現出来ている事を知らせ体験させてあげられたら。

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