第4話 私の勝ち
修練場には十数人規模の観客が集まり、私はリンスと向き合っていた。
武器はさすがに本物を使うわけにもいかないので、木剣を使う形式だ。
リンスの表情は自信に満ち溢れており、彼女がどうやら、本気で私に勝つつもりらしい。
他の講師から聞いたが、確かに彼女は自信を持っていいくらいの剣術の腕らしく、家系も大体騎士の家柄だそうだ。――私がそういうことに疎いから知らないだけで、そこそこ常識っぽい言い方をされてしまったが。
さて、この勝負に負けたら私は彼女と結婚しなければならない……わけでもないのだが、流れ的にはそうなってしまうだろう。
当然、私は負ける気はないし、ここは一つ、講師として実力を見せておかなければならない。
「それでは、両者位置に」
講師の一人が審判として立ち会ってくれた。
放課後でも仕事があるのに、付き合ってくれるとは優しい人だ。
今度、何か奢らせてもらおう。
「アリシア先生、本気で行かせていただきますよ」
「ええ、いいわよ」
「――始めっ!」
開始の合図と同時に、リンスは地面を蹴った。
先手必勝。私が動く前に攻撃を仕掛ける、というのはいい判断だ。
その動きは素早く、あっという間に私の背後に回り、
「……え?」
その手には、すでに木剣は握られていなかった。
「はい、私の勝ち」
首筋に『彼女』の木剣をあてがうようにして、言い放つ。
これを見ていた生徒に、審判を務めた講師も唖然とした表情していた。――すれ違い様に、彼女の剣を奪っただけだ。
剣の勝負だからと言って、遊びで斬り合いをするつもりはない。
彼女は私と『斬り合いをするレベルにすらない』――それを、分からせてあげただけのことだ。
木剣を地面に置くと、『しょ、勝負あり!』という審判の宣言と共に、試合は呆気なく終わった。
リンスは呆然とした表情のまま、その場に膝を突く。
――剣術講師としてはこれで良かったのかもしれないが、果たして彼女は立ち直れるだろうか。
それがちょっと心配だったので、試合が終わった後、更衣室にいるはずのリンスの元を尋ねてみた。
扉を開くと、まだ着替えすらしていない彼女が、蹲るようにしたまま椅子に座っている。
……明らかに心が折れている感じがして、もしかしてやりすぎてしまったのでは、と今更思ってしまった。
「……大丈夫?」
「アリシア、先生」
泣き腫らしたのか、その表情は優れず、私は何と声を掛けるべきか悩んでしまう。
――もしかして、私はひどいことをしてしまったのだろうか。
「えっと、ね。その、本気でって言ったから、本気で応じたのよ。それに、あなたはまだ生徒だから、これから強くなればいいの」
「……もう、いいです。私、先生に勝てるなんて自惚れてました」
「いや、本当にあなたは十分すごかったわよ? 動きは速かったし、鍛えれば十分に強くなれるわ」
「……慰めはいいです」
……やばい、ガチで心が折れているのでは?
こういう時、どう慰めたらいいのか分からない。
何せ、決闘でぶちのめした相手のことなど、私は考えたことがなかった。
折れたらそれで終わりなのだから――けれど、彼女はここの生徒なわけで、そういうわけにもいかない。
「……私がちゃんと教えてあげるから。だから元気出して?」
「なら、一つだけお願い聞いてもらってもいいですか?」
「お願い? なに?」
「必ず叶えてくれますか?」
「……それ、結婚してください、とか言わないわよね?」
「言いません。それは先生に勝ってからなので」
「じゃあ、いいわよ」
「キスしてください」
「……は?」
「キスしてくれたら、めちゃくちゃやる気出ると思うので」
上目遣いに言うリンスを見て、私は思わず『可愛い』と思ってしまったが、果たしてそれに応じていいものか。
「キスしてくれないならやっぱり無理です……」
「わ、分かったわよ! 一回だけ、よ?」
半ば脅されるようにしながら、私は彼女の隣に座る。
――キスなんて誰ともしたことないので、どういう風にやろうか、と一瞬ためらった時、リンスが私の首に手を回して、唇を重ねた。
それは実に素早い動きで、反応が遅れてしまったとさえ言える。
ただ重ねるだけでなく、舌まで入れるような濃厚なもので――私はただ、リンスの好きなようにやられるだけだった。
時間にしてほんの数秒程度。キスを終えた彼女はにやりと笑みを浮かべて言う。
「……この勝負は、私の勝ちみたいですね」
「……ば、ばかなこと言わないの!」
しかし、確かに私は――初めて敗北感を味わった気がした。
「私より弱い人とは結婚しない」と言っていた女騎士、最強すぎて自分より強い相手がいなくなり、こうなったら自分で育てようと剣術講師になったら生徒がみんな女の子だった件 笹塔五郎 @sasacibe
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